今日の午後、久しぶりに「タカジンのそこまで言って委員会」を見ました。

今日のテーマは、「中国包囲網SP」というもの。

中国からの出演者はおりません。


アジアの隣国出身の方々を招き、各国の対日や対中感情、自国の今についてお話をしてくれるというものでした。

ベトナム、タイ、ミャンマー、インドネシア、フィリピン、インド という6ケ国の出演者。

その中で、どうも見覚えのある方が・・・。

そうなんです、時々テレビでも顔をちょくちょく見る機会が出てきた彼、インド人のクンナ君。



自分で松平健に似ているとアピールしているように、にこやかでバイタリティーに溢れていて、ギャクを飛ばしまくっていましたね。
早口コメントに日本人もついていけないほどでした。

私は彼を知っていますが、彼は多分私を忘れています。

彼との初めての出会いは、20年前。

インドのベンガル湾に近いプリーという街に、彼のお父さんが経営するゲストハウスがありました。日本人専門宿というわけではないでしょうが、「地球の歩き方」にも紹介されてもいたので、宿泊客のほとんどが日本人で占めていました。
私は、そこに宿泊しただけの単なる宿泊客にすぎません。


部屋は7~8部屋あったかな?
個室もありましたが、私は相部屋で、日本人女性と二人でシェアしてました。
1泊多分500円くらいの宿泊費じゃなかったかと思います。

当時、チャイ1杯が1ルピーでした。
1ルピーは、3円くらいでした。
安宿っていうのは、1泊が300円~500円くらいだったと思います。
勿論、エアコンなんてありませんよ。
(エアコン付きだと2-3千円以上はしましたね)
ここは涼しい時期に行ったので、快適で扇風機もなかったと思います。

毎食カレーですと日本人男性は激痩せする人多かったですが、この宿では胃に優しい日本食が食べれるとあって長期滞在している日本人も多く居ました。

この宿の特徴の一つに、宿泊客のお見送りをするっていうのがありました。
全然強要されてするわけではないですが、たまたま居合わせたら一緒に写真を撮ったりして門出を祝うじゃないけれど、別れを惜しむという感じ。
私、その時の写真を今も持っています。
後で、改めて見てみますか!
誰が誰かは今ではさっぱりわかりませんが、クンナ君だけは覚えています。
(あっと、一緒に旅をした日本人女性もね。)

まっこと、アット・ホームな宿でした。
インド人から教えられた、おもてなしの心。

まず、私が1週間程泊まり、居心地の良い宿があるよって妹にも紹介しました。
暫くして妹もそこに泊まりましたので、クンナ君の事を知っています。
大阪で働いている事は、妹から教えてもらいました。
テレビにもちょいちょい出ていると言う事も。


多分私が宿泊した当時、彼は23歳くらいでした。
今でも覚えているのは、クンナ君の日本語の上手さ、人なつっこくて、明るくて、ちょっと若いわりに、お腹ぽっちゃり。
(今、彼は43歳。20年丁度前です。うん、計算合ってる。)
その時から、商売の上手さ、人とのコミュニケーションスキルの高さは際立っていました。

宿には日本の書籍もあったし、マンガもあったし、食事はほとんど日本食。
まぐろ丼とか、親子丼とか、味噌汁とかありました。

毎朝、食事のオーダーを聞きにきますが、家の裏で飼っている牛から絞る牛乳と卵で作る濃厚卵プリンを朝と晩、2回食べるほどおいしかったのを覚えています。

彼は日本人からの招待を受けて日本で生活したこともあり、その時に教えてもらった日本食をメニューに載せているとのことでした。


彼の記事を先程検索していて発見したので、下記に貼っておきます。

ご興味をもたれた方は、ご覧になってみてください。


http://www.30ans.com/specialtalk/backnumber/vivi_200604.html



彼が郷里に学校まで建設し、日本人教師まで派遣しているとは知りませんでした。
ちょっと、タケシさんの付き人をしているというゾマホンさんを思い出します。


お二人共、自国の子供達に教育を授け、将来の夢を描けるようにしたいという大きな夢を抱いている、それが行動力の源なんですね。

そのほかにも、元気がなくなった大阪ミナミの商店街に、どうにか活気を取り戻そうと奮闘する姿は、応援したくなると思います。


いつかチャンスがあったら、彼に会いに行ってみたい。


「サンタナ」という名前の(実家のGuest House と同じ名前をつけています)カレー専門店で、彼の作る懐かしいカレーを食べたいです。
カレーハウスCoCo壱番屋にまけない味を期待して。


彼に会ったら、「インドではお世話になりました!プリーで過ごした日々は、良い思い出です!」ってお礼を言いたいね。