今日は、ネットビジネスのリサーチのやる気が出ないので、旅のお話でも書きます。
私は29歳の時、20代最後の年にインドへ行きました。
今から24年前ですね。
香港、タイと来て、タイからカルカッタへ飛んだと記憶します。
初めてのインドは私にとっては恐怖でした。
ある日本人旅行者に「インドと中国ではどちらが大変でしょうか?」と質問した事を思い出します。
「僕は、中国1ケ月旅行して相当しんどかった。今からインド行くの?今まで中国へ行った事は?」
「半年だけ。」
「あの国で半年旅行できた?なら、楽勝です!」
本当に楽勝なのかな?
ダイヤモンド社発行の「地球の歩き方 インド編」を適当に読みつつ、一人旅立ちました。
途中、飛行機の中で知り合った日本女性2人組と一緒にカルカッタにあるサダル・ストリート(すぐに名前が出てきたね)の安宿にチェックイン。
順調な滑り出しでした。
まあ、その前にタイで一緒に出国を約束していた日本人男性にすっぽかされるという痛い思いをしたのですが、彼女達のほうが100倍信頼できる方々でした。
実は、その約束をすっぽかした日本人男性と4年後にインドで再会することになろうとは、その時知る由もなし。
インドでしたかった事は、単なる観光です。
美しい物を見て触れて、地元の人とすったもんだを繰り返し、庶民の台所である市場へ繰り出す。
自然と遺跡を回り、祭りに参加し、映画を観賞して、美味しい物を食べる。
インドと言えば、カレーにチャパティー、チャイにラッシーでしょう。
その観光であったはずが、現地カルカッタで知り合った日本人に影響されて、カーリーガートという所にある「死を待つ人々の家」にボランティアに行く事になりました。
3週間くらい行ったかもしれませんね。
途中、ひどい下痢に見舞われて脱水症状おこしそうになったり、発熱したり、雨季の為に道路が冠水して歩けなくなったりといろんな事がありました。
そんな生活の中で、一番の事件が、「マザー・テレサ」に会ったという事ですね。
マザーテレサについては、1冊だけ世界講演旅行の内容を本にしたものを若かりし頃に読んくらいしか記憶にありません。
愛の反対は、何でしょう?それは、無関心です。見て見ぬふりをすることです。
確か、このような内容であったと思います。
このカーリーガート以外にもいくつかの施設を運営しておられるし、海外での公演活動も多く、インドに居ない事も多いので滅多に会うチャンスは無いのだとか。
その日、マザーテレサが事前に来るとの通告もなかった為、私は最初それがその方とは認識できませんでした。
白いサリーに紺色のカーディガンをはおった小柄な老女が、両手を合わせて立っていました。
静かにほほ笑み、周りの人達に小さく声をかけていたようです。
ベッドにいる病人達、みんなに平等に声をかけていきます。
中には甘えたがりのおばあちゃんが2人ほどおりまして、マザーのサリーに触れて、何か話しかけていました。
ほんの10分くらいの時間でした。
凄く感動してサイン下さいって言いたくなるとか、そういう気持ちにはなりませんでした。
そんな事言ってはマザーの活動の妨げになりますからね。
私が今も記憶に残っているのは、日本人の若い女性ボランティアの方です。
その方は毎年休暇をもらうとこのカーリーガートへ来て働くだけ働いて日本に帰国するんです。
ポケットマネーで、毎年毛布を買ってプレゼントして帰るそうです。
確かその時も50枚位買って寄付していたと思います。
そういう日本人が他にもいるとか言ってました。
彼等は、ただ働きにくるだけで、観光する暇もないでしょう。
そうする事で、救われているんでしょうね、我身が。
私にとっては、マザーテレサに会った事と同等に、価値のある事件でした。
名もなき日本人から感動を与えられる。
私は29歳の時、20代最後の年にインドへ行きました。
今から24年前ですね。
香港、タイと来て、タイからカルカッタへ飛んだと記憶します。
初めてのインドは私にとっては恐怖でした。
ある日本人旅行者に「インドと中国ではどちらが大変でしょうか?」と質問した事を思い出します。
「僕は、中国1ケ月旅行して相当しんどかった。今からインド行くの?今まで中国へ行った事は?」
「半年だけ。」
「あの国で半年旅行できた?なら、楽勝です!」
本当に楽勝なのかな?
ダイヤモンド社発行の「地球の歩き方 インド編」を適当に読みつつ、一人旅立ちました。
途中、飛行機の中で知り合った日本女性2人組と一緒にカルカッタにあるサダル・ストリート(すぐに名前が出てきたね)の安宿にチェックイン。
順調な滑り出しでした。
まあ、その前にタイで一緒に出国を約束していた日本人男性にすっぽかされるという痛い思いをしたのですが、彼女達のほうが100倍信頼できる方々でした。
実は、その約束をすっぽかした日本人男性と4年後にインドで再会することになろうとは、その時知る由もなし。
インドでしたかった事は、単なる観光です。
美しい物を見て触れて、地元の人とすったもんだを繰り返し、庶民の台所である市場へ繰り出す。
自然と遺跡を回り、祭りに参加し、映画を観賞して、美味しい物を食べる。
インドと言えば、カレーにチャパティー、チャイにラッシーでしょう。
その観光であったはずが、現地カルカッタで知り合った日本人に影響されて、カーリーガートという所にある「死を待つ人々の家」にボランティアに行く事になりました。
3週間くらい行ったかもしれませんね。
途中、ひどい下痢に見舞われて脱水症状おこしそうになったり、発熱したり、雨季の為に道路が冠水して歩けなくなったりといろんな事がありました。
そんな生活の中で、一番の事件が、「マザー・テレサ」に会ったという事ですね。
マザーテレサについては、1冊だけ世界講演旅行の内容を本にしたものを若かりし頃に読んくらいしか記憶にありません。
愛の反対は、何でしょう?それは、無関心です。見て見ぬふりをすることです。
確か、このような内容であったと思います。
このカーリーガート以外にもいくつかの施設を運営しておられるし、海外での公演活動も多く、インドに居ない事も多いので滅多に会うチャンスは無いのだとか。
その日、マザーテレサが事前に来るとの通告もなかった為、私は最初それがその方とは認識できませんでした。
白いサリーに紺色のカーディガンをはおった小柄な老女が、両手を合わせて立っていました。
静かにほほ笑み、周りの人達に小さく声をかけていたようです。
ベッドにいる病人達、みんなに平等に声をかけていきます。
中には甘えたがりのおばあちゃんが2人ほどおりまして、マザーのサリーに触れて、何か話しかけていました。
ほんの10分くらいの時間でした。
凄く感動してサイン下さいって言いたくなるとか、そういう気持ちにはなりませんでした。
そんな事言ってはマザーの活動の妨げになりますからね。
私が今も記憶に残っているのは、日本人の若い女性ボランティアの方です。
その方は毎年休暇をもらうとこのカーリーガートへ来て働くだけ働いて日本に帰国するんです。
ポケットマネーで、毎年毛布を買ってプレゼントして帰るそうです。
確かその時も50枚位買って寄付していたと思います。
そういう日本人が他にもいるとか言ってました。
彼等は、ただ働きにくるだけで、観光する暇もないでしょう。
そうする事で、救われているんでしょうね、我身が。
私にとっては、マザーテレサに会った事と同等に、価値のある事件でした。
名もなき日本人から感動を与えられる。