あい、目標にしやした。
ただ兼ねて目指すところは、
「君子は豹変す」
立派な人物は、自分が誤っていると分かれば、豹の皮の斑点が、黒と黄ではっきりしているように、心を入れ変え、行動の上でも変化がみられるようになる。
反対に、つまらぬ人間の場合は、表面上は変えたように見えても、内容は全然変わっていない。
めまぐるしいね、めまぐるしい。
「夢があります。」
そう言う人は、夢に向かって頑張ってる人なのだなと認識する。
「やりたいことがいっぱいあるんです。」
そう言う人は、やれない人なのかなと思ってしまう。
もしくは的を絞れない人なのかなとも。
私がそうだから、そう思うのかもしれません。
遠足の準備は楽しいように、頭の中にあるくらいが幸せなのかもしれない。
実際に行動に起こせば、遠足先で友達とけんかをしてしまうかもしれないし、
怪我をしてしまうかもしれないような思いもよらない事態に遭遇することもあるからだ。
遠足はただの例えだけど、そういうことって多い。
すごい人はすごい。すごいじゃ表せられないくらいすげえ。
思いもよらない事態というのは、自分自身に関することかもしれないし、他者と関係することで生まれるものなのかもしれない。
それを人は「挫折」と呼ぶ。
サンボマスター風に言ってみました。
いやしかしまあしかし
私の尊敬する吉田松陰先生が、自ら狂人であり続けようと願うように、
私も狂人でありたいと思うんすね。ほんと最近ね。
話はとまらなくなりそうだけど、攘夷なんて言葉がある時代で
松陰先生は弟子とたった二人で、死を覚悟に外国船に乗り込もうとしたんだぞ。
まー見つかって、なんやかんや罰受けたんだっけな。
普通の人間だったらほんと死罪だったかもやけど、
先生はなんか免れてもう少し軽い刑になったんやっけな。あいまいやけど。
やけどそんな状況、時代も知りつつも異国を知りたい!って気持ちで
命張って飛び込むんだぞ!
あの人のすごいところは、頭でっかちではないとこやね。
弟子からも学ぼう、生きた学問をしようってね、松下村塾でしょ。
頭柔らかいし、多くの弟子ももったこと人望もそりゃベキッベキに厚く
その上、あの命はった行動力だ!すごい!
結局その行動力が仇となって安政の大獄で死刑になるけど、
いやほんとになんであんなに日本の未来のために奔走してる人を殺すんだろね。
時代のせいっていうしかないんだけど、こんなもう150年くらい経ってんのにくやしいって思うんだ。
身はたとえ 武蔵の野辺に朽ちぬとも留めおかまし 大和魂
私の中で松陰先生は生きているんさ~。うへへ
なんか横道それたけど、とにかく何がいいたいってやまとだましいとかきょうじんとか!
ふぬけたものはいらない。今までの私はふぬけで、ぶわぶわのスポンジだ。
しってるしってる。しってんだ、あえてふまえての話をしたい。
とにかくやりたいことがたくさんある。
あるだけじゃない、やってる。
いましてることだって繋がるって思える。
おまけに人間が好きだ。人が好き人がすき。
人のこと考えれるなら、家族のこととか思えるなら
間違ったことにはならんと思うのだ。あんまりね。
まーとにかくほんとのほんとにたくさんあるんです。
それは、今卒業制作ばっかで
昔のテスト前に思う掃除がしたいだとか漫画を読みたいだとか、
そんな感情なのかもしれないけど、あああいやだちがう
「卒業制作を通して、そう思える。」
うん、これが聞こえいいし、実際そうだ。
言霊ですよ言霊。
言葉に放ってそういう方向にしむける。
私はそれを信じている。むふ。
アンドロイドがタイプです。
パソコンの変換機能がおかしいです。ゆるせません。
わたしって書いて変換できないです。ゆるせません。
だからいつも、PCの前で、一人称は私と書いてわたくしです。ゆるせないけどしかたなくゆるしてます。
アンドロイドの変換機能がおかしいことならゆるせます。
処理能力は高いけど凡ミス連発とかズレてるとか
だんだん感情が芽生えるアンドロイドっていうベタな設定が好きです。
とんでもナイトっていう漫画が大好きでした。
もしもわたくしのパソコンが人型になってアンドロイドみたいなことになったら
きっと一人称はわたくしです。
かわいいと思います。
庭にある柿の木は、物心つくころからあったから私にとって当たり前の光景でした。
屋根に登って農薬かけるの手伝ったり、
まだ実はできへんのかなぁとか、遊びにいくたび確かめてはわくわくしたり、カラスのつまみ食いにがっかりしたり。
私は今の時期よりもう少し経った頃の、ヘタをくり抜いてスプーンで掬って食べれるくらい熟したのんが好きです。
さてさて、そんな当たり前の光景の柿の木は、おじいちゃんが初孫になる私のお兄ちゃんが生まれたときにみんなのために植えたんやってききました。
「桃栗三年、柿八年」という言葉がありましてですね、
種を植えてから実がなるまでそんなくらいかかるんだと。
うる憶えだけど(笑)
すごいよなー。改めて農業をする人まじリスペクトっすよー。
おじいちゃんは気難しげでこわい人やったんですよ。
お酒が大好きで、煙草吸いまくりで、料理がうまくて、戦争中ご飯係やったらしいとか、祖母を杖でたたいたり、村のお見合いとかまとめたり、なんか掴めない。
私にはちょっと甘いらしかったらしいけど、おじいちゃんの前では幼心にあんまり変なことしないようにしてた気がしますね。
だから、ちょっと大きくなってそんな話をきいたとき、おじいちゃんやさしいなあすごいなあって思ったんです。
もう実がなるのが終わるとき、木に一個だけ実を残すんすね。
感謝の気持ちかなぁと思ってたけど、お父さんに訊いたらそれは家を守るためなんやって。
寒空の下、残る一個の柿にはそんな意味があったのか。
おじいちゃんが柿を植えた理由はきっとそんなことも含めてるのだと思います。
おじいちゃんが亡くなってもう七年、柿の木は今日もたくさん実ってます。