Kamaal Williams〜コロナの時代の僕らのジャズ | Future Cafe

Future Cafe

音楽レビューのようなもの〜TECHNO、JAZZ、BREAKBEATS etc

「Wu Hen」KAMAAL WILIAMS

 


  美術評論家の椹木野依が、デビュー作『シミュレーショニズム』の中で、「(ハウスミュージックを特徴づける)サンプリング、カットアップ・リミックスの一過程は、われわれの時代の病であるエイズ・ウィルスが、寄生する生体を破壊する戦略をシミュレーションするものである」と述べたのは今からおよそ30年前、1991年のことだ。ゲイやトランスジェンダーなどのマイノリティが市民権を得ようとしていたまさにそのとき、新種のウィルスであるエイズ・ウィルスが人類の前に立ちはだかったのだ。そして現在、東西冷戦が終わりグローバリズムが世界の有り様を大きく変えようとしている時代に、新型コロナ・ウィルス(covid19)は登場した。新型コロナ・ウィルスは、グローバリズムはもとより、音楽産業にも大きな影響をもたらしている。感染力が強く、ソーシャルディスタンスの確保が必須とされるため、ここ数年来、パッケージされた商品としての録音/映像メディアから体験型のフェスやライブ、握手会等のイベントへと受容形態が変化しつつあった音楽シーンに冷や水を浴びせることになった。ライブハウスからクラスターが発生したこともあり、インターネットによる無観客ライブに切り替えるアーティストも多い。

 5月末に刊行された『思想としての〈新型コロナ・ウイルス禍〉』において、18人の論客のうちの一人として、椹木野依が参加し、インタビューに答えているのだが、さすがにエイズ・ウィルスの時のような、『隠喩としての病い』のスーザン・ソンタグを彷彿とさせるようなポストモダン的な陽気さに彩られた言説はすっかり影を潜め、われわれの時代のウィルスと真摯に向かいあおうとしている氏の姿勢に対岸の火事ではない事態の深刻さを実感せずにはにいられなかった。「ここまでグローバリズムをすすめてきたあげく、その最果てで結局“家から出るな”というメッセージに落とし込まれたのは大きな衝撃です。“家にいてください”という呼びかけが人類を救う最大の貢献になる。冒険でも戦略でもなかった。むしろ、何もしないほうがいい。これはものすごく大きな転換ですよね」そう語る氏は、「言葉のうえでは評判のよくなかった「ひきこもり」が最大の武器となり、インスピレーションの源になっていくのかもしれません」と今後を予測する。ケレンミたっぷりな表現が魅力の椹木野依にしてはひねりの少ないストレートな考察だが、現在進行形の災禍に対しては気の利いたことをいおうとすればするほど嘘っぽく聞こえることもまた否定できないのである。

 「ひきこもり」といえば、かつてのローファイミュージックやベッドルームテクノ、エレクトロニカ、チルウェイヴが思い浮かぶ。近年ではビリー・アイリッシュやジェイムス・ブレイク、米津玄師、ヨアソビなどが、それに当たるかも知れない。メジャーになるにつれ、振る舞いが変わってくるアーティストも多いのだが、基本的には、音楽作りは多くの人の手を借りることなく、レコーディングはできれば宅録で済ませたい。ライブもするが、会場を盛り上げることにはさほど興味はないといった面々で、確かにコロナ・ウィルスの影響はスティーブ・アオキよりも小さそうだ。前置きが長くなったが、前作『The Return』を母親の家のダイニングルームで録音したというカマール・ウィリアムスもまたコロナの時代にこそふさわしいミュージシャンといえるだろう。現代UKジャズのメッカ、南ロンドンのペッカムを拠点とするビートメイカー/鍵盤奏者で、2016年にドラマーのユセフ・デイズと競作で傑作ジャズファンクアルバム『Yussef Kamaal』をリリースすると共に、ヘンリー・ウー名義でハウスミュージックやブロークンビーツをジャジーに展開。そして、2018年にはハービー・ハンコックやロイ・エアーズを現在のヒップホップの手法でアップデイトした『The Return』を発表する。プログレ的な要素が強い2019年のEP「New Height」を経て、コロナ禍での新作となる『Wu Hen』の完成に至った。 ジャズというよりはジャジーなビートミュージック集といった趣の前作に比べると、サックスの大胆なフィーチャーに象徴的なように、より本格的なジャズに接近した印象だ。フライング・ロータスやカマシ・ワシントンも手がけるアレンジャー、ミゲル・アトウッド・ファーガソンをフィーチャーした①「Street Dreams」、③「1989」、④「Toulouse」などは、流麗なストリングス、きめ細やかなシンセの音色、浮遊するエレクトリックピアノののメロウネス、スリリングなサックスが相まって、全盛期の4ヒーローやクリス・ボウデンに匹敵する世界観を体現しているといっても過言ではない。とにかく変幻自在なドラミングと美しい上物の取り合わせが絶妙で、今いちばん聴きたい音楽だ。ウィズ・コロナの時代のジャズは、ライブハウスも、クラブも必要としない。サブスクにお金を払ってさえいれば、スマホ1台あれば十分なのだ。