TOSHIO MATSUURA GROUP〜帰ってきた松浦俊夫 | Future Cafe

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「LOVEPLAYDANCE」TOSHIO MATSUURA  GROUP

 

 

 3月のリリースだから少し前になるが、元ユナイテッド・フューチャー・オーガニゼーションの松浦俊夫が2013年のHEX名義でのアルバム以来となる新作をリリースした。松浦俊夫が単身ロンドンに渡り、前回のブログにも登場したジャイルス・ピーターソンの協力のもとでつくりあげたというこのアルバム、クラブアンセムのカバーで構成されており、そのラインナップが凄い。ブッゲ・ヴェッセルトフト、クルーダー&ドルフマイスター、ニューヨリカンソウル(原曲はザ・ニュー・ロータリー・コネクション)、バイロン・モリス・アンド・ユニティ、ロニサイズ・レプラゼント、フライング・ロータス、インナーゾーンオーケストラ(カール・クレイグ)、それぞれの楽曲のカバーにオリジナルの新曲1曲を加えた全8曲。これらの楽曲を近年のUKジャズシーンを代表するミュージシャンたちがカバーしているのだ。ドラマー兼プロデューサーのトム・スキナーをはじめ、カマール・ウィリアムスとのユニットであるユセフ・カマールでも活躍するユセフ・デイズ、ポーラー・ベアーなどのグループにも所属するベーシスト、トム・ハーバート、ザ・コメット・イズ・カミングの鍵盤奏者、ダナログ・ザ・コンカラーなど、いずれもジャイルス・ピーターソンが推す注目すべきミュージシャンだ。

 ピックアップされた中で最も古い曲が、バイロン・モリス・アンド・ユニティによる 74年の「Kitty Bey」。この曲は、ACID JAZZレーベルが12インチをライセンスリリースしたこともあるスピリチュアルジャズナンバーで、ACID JAZZレーベルの創始者の一人であり、本アルバムの監修者であるジャイルスピーターソンへのリスペクトが込められているのではないだろうか。ロニサイズ・レプラゼントやニューヨリカン・ソウル(マスターズ・アット・ワーク)、カール・クレイグといった有名どころによる派手な楽曲に混じり、ブッゲ・ヴェッセルトフトやクルーダー&ドルフマイスターといった渋い面々による地味なナンバーもきっちりと押さえられているところに、クラブジャズシーンを牽引してきた松浦俊夫のこだわりが感じられて微笑ましい。また、フライング・ロータスはカマシ・ワシントンやサンダー・キャットなどを排出したブレインフィーダー周辺のシーンを意識してのチョイスなのだろうが、ドラムンベース以降の曲をチョイスするなら現在の南ロンドンジャズにダイレクトにつながる4ヒーローやジャザノヴァの曲をぜひ入れて欲しかった。メジャー過ぎるという理由からか、ライセンスの問題かは分からないが、恐らく現在のUKジャズシーンにテイストが近すぎるために選曲しなかったというのが真相のような気がする。

 聞きどころは、まずブッゲ・ヴェッセルトフト「Change」。北欧ならではの静謐でクールなハウスナンバーがコルトレーンの「Naima」を連想させるスピリチュアルなナンバーへと更新されている。クルーダー&ドルフマイスターの「High Noon」はスモーキーなブレイクビーツを異国情緒漂うアブストラクトジャズへとアップデイト。さらに、新曲「L.M.Ⅱ」にはベースラインがユナイテッド・フューチャー・オーガニゼーションの代表曲「ラウドマイノリティ」と酷似しているところがあり、昔からのファンは思わずニンマリしてしまいそうだ。ニューヨリカン・ソウル「I Am The Black Gold Of The Sun」とバイロン・モリス・アンド・ユニティ「Kitty Bey」は、ダンスミュージックとしてのジャズを追求。とりわけ「Kitty Bey」の高速ビートに管楽器が絡む展開はスリリングでアグレッシブだ。ロニサイズ・レプラゼント「Brown Paper Bag」は比較的原曲に忠実といえるが、人力ドラムンベースならではのゆらぎが楽曲に奥行きを与えている。フライング・ロータス「Do The Astral Plane」とインナーゾーン「At Les」はサックスを強調し、インプロビゼーションを加えることで豊穣なサウンドを生み出している。「Do The Astral Plane」ではビートがさまざまに変化し、後半にはPファンク〜プリンス的な展開も。過去の遺産を最新のUKジャズに生まれ変わらせる本作の試みは、クラブジャズを熟知する松浦俊夫とジャイルス・ピーターソンがいたからこそ可能になったと言えるだろう。2000年代にはDJミュージックは廃れ、ミュージシャンが主導権を握るムーブメントがしばらく続いていたが、フライング・ロータスとジャズメンの蜜月を通過した今、コンポーザーのDJ的な感性と演奏者のスキルがこれまでになく高い次元で相互補完し合う時代が訪れようとしているのかも知れない。