KAMASI WASHINGTON〜スピリチュアル・ジャズの皮を被った今ジャズ | Future Cafe

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「THE EPIC」 KAMASI WASHINGTON





 「THE EPIC(叙事詩)」という時代がかったタイトルに、サン・ラーばりに宗教臭が漂うコズミックなアートワーク、収録時間172分、3枚組というヴォリューム。カマシ・ワシントンによるブレインフィーダーからのリーダー作は、そのたたずまいからして、嫌が応にもスピリチュアル・ジャズという言葉を想起せずにはいられない。
 ブレインフィーダーからのリリースだけに、カマシ・ワシントンがゲストプレイヤーとして参加していたフライング・ロータスの諸作やケンドリック・ラマーの作品のようにヒップホップやテクノを飲み込んだ新世代のジャズを期待していた筆者は、むさくるしいアートワークを見ただけでCDをトレイに載せることを躊躇ってしまった。プレイボタンを押すと、スピーカーから流れてきたのは、厚めのコーラスがフィーチャーされたダイナミックな楽曲。予想通りのサウンドだと思ったが、しばらく聴いているうちにその印象は変わっていった。
 かつてのスピリチュアル・ジャズの雄、マッコイ・タイナーやビリー・ハーパー、ゲイリー・バーツを思わせるところもあるが、似て非なるものといった感じもある。ストラタ・イーストやトライブあたりのブラック・ジャズにも似ているが、どこかが決定的に違う。つい先入観だけでスピリチュアル・ジャズとして聴いてしまいがちだが、ここで聴けるのはレアグルーブやクラブジャズを通過したダンス・ミュージックとしてのジャズだ。それはファイヴ・コーナーズ・クインテットのサックス奏者だったティモ・ラッシーが、アフロ・ジャズにアプローチしたファースト・ソロ作「THE SOUL & JAZZ OF」(2007年)に宿っていたモダンな感覚に近いかも知れない。
 「THE EPIC」に似たアルバムを探そうと過去のスピリチュアル・ジャズの作品を飛ばし聴きしていると、ニンバスからリリースされた本作同様に宇宙的なジャケットのネイト・モーガン「JOURNEY INTO NIGRITIA」(1983)が、よく似た雰囲気を持っていることに気付いた。ネイト・モーガンといえば、カルロス・ニーニョ率いるビルド・アン・アークの「PEACE WITH EVERY STEP」(2002年)に鍵盤奏者として参加していたことはまだ記憶に新しい。つまり、ネイト・モーガンを介在させることで、アメリカ西海岸における21世紀ジャズの源流ともいえるビルド・アン・アークから2010年代西海岸ジャズのキーマンであるカマシ・ワシントンまでを一本につなぐラインが見えてくるというわけだ。
 しかし、先述したように、ネイト・モーガンやビルド・アン・アークの作品と本作とのあいだには決定的な違いがある、それは、ドラムの革命ともいうべきロバート・グラスパー以降のジャズの洗礼を浴びているかどうかということ。だから、本作がいかに古色蒼然としたファッションで身を固めているように見えても、決して騙されてはいけない。その身のこなしにはクラブジャズを通過した者だけにしか醸し出せない現代的なセンスが息づいている。
 しかし、何という驚異的なアルバムなのだろう。CD3枚というボリュームでも全然退屈しないし、緩急を交えながらの17曲は、あっというまに聴けてしまう。そして、特筆すべきはボーカル曲の良さだろう。どのCDにも1曲~2曲のボーカル曲が入っているのだが外れ曲はひとつもない。特に「HENRIETTA OUR HERO」のドラマチックな展開ときたら、一篇の美しい映画でも見ているかのようだ。