BRIANA COWLISHAW〜新時代ジャズの歌姫 | Future Cafe

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「When Fiction Comes To Life」 BRIANA COWLISHAW
「Sideways」 LAUREN DESBERG








ブリアーナ・カウリショウ。オーストラリア出身のジャズ・ヴォーカリストらしいが、はじめて耳にする名前だ。「グレッチェン・パーラトやサラ・ガザレグなど、ジャズとポップスの垣根をこえて活躍する女性ヴォーカリストたち。その次世代を担うヴォーカリスト/コンポーザー」という紹介文句に惹かれ、新譜と間違え購入したのだが、よくよく見てみるとアルバムの発表年は2011年。どうやらジャケットを当世風に一新しての日本盤リリースにまんまと乗せられたたというわけだ。とはいっても、それは筆者の不注意に拠るものだから文句は言えない。帯には、2011年に発表され、翌年にはオーストラリア国内賞で「ベスト・ジャズ・ヴォーカル・アルバム」に選ばれたとはっきり明記されているのだから‥‥。
それでも、何か釈然としないのだ。グレッチェン・パーラトとブリアーナ・カウリショウは、確かに似たようなタイプのヴォーカリストだし、ピアニストのアーロン・ゴールドバーグをはじめ、NYジャズの新鋭がバックを務めているところも、グレッチェン・パーラトと近い立ち位置にいるミュージシャンといえるだろう。それでも、「グレッチェン・パーラトの次世代を担う才能」と形容されているからには、当然、パーラトの先を行く新しい展開を期待してしまう。
しかし、実際のところ、ブリアーナ・カウリショウの「When Fiction Comes To Life」は、パーラトの出世作である「The Lost And Found」と比べるても幾分オーソドックスなジャズアルバムといえるだろう。それもそのはず、本作がリリースされた2011年は、パーラトの「The Lost And Found」がリリースされた年であり、ブリアーナ・カウリショウはパーラトに似たタイプのヴォーカリストとして事後的に発見されたわけだから、いくら年齢的にパーラトよりも若くても、“次世代を担う”の宣伝文句はやはり眉ツバなのである。
最も、グレッチェン・パーラトのサウンドが斬新なサウンドかといえば、それもまたビミョーであるのだが、実験性=新しさという時代はとうの昔に終わっているということだけは強調しておいてもいいだろう。ニュアンスとセンスで聴かせるジャズこそが現代のNYジャズであり、シャープさの中にエレガンスを孕んだ近年のNYジャズに特有のサウンドは、ブリアーナ・カウリショウの作品からも感じとることはできる。
⑦「When Fiction Comes To Life」や⑫「No More Then, Only Now」でのトランペット、⑩「Just a Game」のドラムに表現されているように、饒舌でありながらストイックな感覚が、いかにも新時代のジャズといった風情を漂わせる。ブリアーナ・カウリショウのクセのない声質は、そのようなスタイルのジャズと相性がよい。エラ・フィッツジェラルドのような技巧的なスイング唱法でもなく、アニタ・オデイのような速射砲的唱法でもなく、ナチュラルなポップス的唱法といえるだろう。
メロディー・ガルドーやダイアナ・クラール、エリザベス・シェパードなど、近年活躍しているジャズヴォーカリストは、ポップス的唱法とまではいえないが、アクの強くない白人女性ヴォーカリストが中心だ。これは、グレッチェン・パーラトにもいえることで、現代NYジャズのヴォーカルが白人女性(アニタ・オデイは白人だが)を中心に回っているように見えるのは、現代ジャズとの相性のよさに起因するのではないだろうか。
そして、もう一人の白人女性ヴォーカリストが、グレッチェン・パーラトのプロデュースにより、5曲入りのミニアルバム「Sideways」をリリースしたローレン・デスバーグだ。パーラトのバンド・メンバーであるピアニストのテイラー・アイグスティやサックス奏者のダイナ・ステファンズに加え、アレンジャーに「Heroes & Misfits」でブレイク中の鍵盤奏者クリス・バワーズを招聘。これぞNYジャズといった洗練されたサウンドを聴かせてくれる。声の質や歌唱スタイルは、やはりグレッチェン・パーラトやブリアーナ・カウリショウにかなり近い。
ブリアーナ・カウリショウの新作ともども、フルアルバムのリリースが待たれるところだ。