2分冊の後編。ここでは明治初期の、ことに岩倉使節団に焦点が当てられる。
芳賀は、早くから久米邦武の『米欧回覧実記』を、ほとんど手放しで礼賛している。
本書は、その理由を余すところなく伝えるものだ。
ところが、これを文学作品と見るかどうかとなると、文学系の人たちは二の足を踏んだようだ。芳賀の苛立ちがよく分かる。そこで、こんな文章も書くのである。
「ソーヌ河の夕映えに感極まって石垣にもたれてヨヨと泣くとか、ギリシャの石の遺跡に溢れる光にヨーロッパ合理精神の源泉が「見えた」とか、遥かなるノートルダムがなにかを語りかけてきたとか、そのような脆くとりとめもないことだけが近代日本人の「異国体験」ではなかったー」と。痛烈である。
この対局にあるのが「マテリアリスト」栗本鋤雲であり、本書のもう1人の主人公である。



