実家のすぐ裏の畑に炭焼き用の窯がある。

農機具倉庫を建てた時の盛り土(笑)
を利用して親父が造ったものである。



竹林が近く、毎年、筍となって伸び出してくる竹の生命力は尋常ではなく

折に触れ境界あたりを伐採して
いかないと

あっと言う間に山や畑を侵食してしまう。

だがこの生命力こそ
竹炭を作るには都合がいい。

この窯、母屋の食卓の窓から煙突あたりが見える為、

家に居ながらにして煙の色で炭の出来頃を判断できたらしい。



この窯が一番活躍した頃は
華道、草月流の先生から竹炭の花器を依頼されたり、




奈良県在住の遊びの印作家、もぐら庵氏から、長い竹の原形を残したままの炭のお礼にと【炭工房・たく庵】の印を彫って戴けた。




商売としてはやっていなかったが
親父は卓男という名前なので
たいそう喜んで、

作家気分で

知り合いに炭をあげる時にも
荷札にこの印を常に押していた(笑)



親父も高齢となり、最近は窯もひっそりと沈黙状態だが、

小学生の頃から
よく山に連れて行かされ

現地で炭を焼いたり

切り倒した雑木を薪用に割ったり、細い輪っかで束ねたりするのを手伝わされたりした。



時には嫌々ついて行った気もするが

今、思えば刷り込みに似た
伝承だったようにも思う。(笑)

サバイバルにも活かせそうな

細い葛と木の枝のしなりを利用して作る野鳥を捕獲(捕った事はないが)するための
罠の作り方や、

ウナギ捕り用の
【とうくろ】と呼んでいた
鯨の髭の先に小さな返しのない
針を巻き付けてあり、ミミズを針を隠すように刺して、水中の石垣の隙間などにいるウナギを誘い、引き出す道具の使い方、

山での自然薯掘りも、険しい渓谷でのアマゴの手づかみも

それらは山仕事の手伝いの延長線上にあり
その愉しさを植え付けてくれたのも全て親父だった。

いまだに楽しく、好きでいられる事こそがDNAなのかも知れない。
 
私も、つい最近まで我が子や甥や姪を引き連れて近くを流れる川や山で実践してきた。

途中、堤防に出くわすと、私を土台に年齢順に人間はしごを作り、チビ達をのぼらせた。

恐る恐るだが、歓声をあげながら

自然から遊びを学んで行く時間が

楽しくない訳がない!(笑)

この子達からさらに
枝葉のごとく伝承のバトンが渡れば
本望である。

炭焼きも焼き物である。

きっと炎の調整や煙の見極めが
出来具合を左右するはず。

親父が元気なうちにノウハウを聞いて
実際に体験しておかなければと思う。

竹炭は七輪やBBQ コンロで重宝した。
燃焼速度や着火が早いのと
火力が強いので
料理がスピーディーな分

火力の微調整が不可欠だった。

こんな窯が敷地内にあるのは
珍しいことだろうから
   
使わない手はないぞと、

今、密かに企んでいるのは
炭を焼く時の熱を利用したピザ窯をサイドに配置出来ないものかということ。



もし可能なら

炭焼き&ピザ!にパン、

更に改良して

ついには燻製まで(ムリか?)
 
色んな

パーティーが目白押しに
企画出来るではないか!!

そんな皮算用みたいな、

妄想だけがどんどん膨らんでいく!

竹炭ダケに・・・(笑)