ただ 感じたままで | 遊ぶように暮らす

遊ぶように暮らす

日常の中でワタシは、私を感じたこと 気づきのアウトプットの場

ワタシは私を生きる
そして幸せに生きる

今日ワタシの目の前で起こることを感じていると

昨日つぶやきのコレ〜

言語化でき明確になったんじゃない 照れ



ジャッジする   

自分を手放したい ❗️



兄妹名がよく遊んでいる声が聴こえてくる

心地いい〜

いまこの瞬間

ワタシはしあわせの中にいる〜 照れ



あー幸せ

を味わいニヤニヤ

幸せの感度がいい感じ



なぜかわからないけど

自分の内側を声にしてみた  照れ


それを聞いた

お母さんは

人の子供だとそう思えるけど

自分の子供だと‥‥ 



ん?

イラッとする時もあっていいよ

そのままを感じていいと思う


自分の子供ではないからそう思えるのかもしれない

ワタシが感じたのはそこではないの


過去 イラッとしていたとき

穏やかに笑ってしあわせ ハート

と受け取れるひとが羨ましかった

ワタシもそんな人になりたい

なれるのかな?

と思ったけど



そんな体験 経験した見たかった

それがいまだと感じたの

日常の中でしあわせ〜と感じてる自分に

自分のこと好きを積み重ねているような


自分を好きになりたい

以前よりは好きになれたけど

もっともっと遠慮なく好きでもいい

その許可というか枠が突破われた気がした



昨日書いたつぶやきも

自分で書いておきながらよく分からない滝汗笑

それがスッキリした気がした


ワタシ自身のこと

何かができたとか

そんなところまで行ってない



捉え方

普通こんな風に捉えるよなから外れた

ワタシの捉え方で

ワタシが満たされ

幸せを感じることができている

その瞬間に満ちてた



自己満足に

それでいいよ〜 と思えた



それをもっと感じると



自分に対するまなざしを

優しくしたいのだ



他者には優しいまなざしで見ることができても

自分自身には厳しかった

それもだんだん優しく見ることができたと思っていたけど


まだまだ厳しかった

もっと優しい愛のまなざしで接していい

と思えた 笑


そうしたら

条件をつけなくても

ただしあわせ

なんだか知らないけど満ちる



兄妹のお母さんが

他人の子供だと‥‥ 優しくなれるのにも

同じ

本当は自分の子供にも同じように優しくなりたい

のでは?

ワタシはそうだった

同じように子供だから優しく?

大人の自分にも優しくていいじゃない


子供だから

大人だから

その境界線を取っぱらって

ただ優しく扱いたいのだ



周りは こんなのでしあわせ感じないと言われても

ワタシはワタシの感じたことを大切にする〜

信じる






今日の夕空