<三国無双の名城⁉   日本100名城 大阪城>

 

🏯初代大坂城(現表記:大阪城)は、天下人 豊臣秀吉が築城した城です。

城に招かれた大名の大友宗麟が「三国無双の城」と称えたとされる名城として、

天下人の居城にふさわしい大城郭が築かれました。

ちなみに三国無双とは、日本・中国・天竺(インド)に並ぶものがないという意味。

誰もが認める壮麗な素晴らしい城だったのでしょう。

 

        

 3代目 大阪城 

【大阪城の歴史】

1583(天正11) 本能寺の変の翌年、羽柴秀吉が石山本願寺跡地に築城着手

1585(天正13) 秀吉 関白となり豊臣姓を賜る 豊臣大坂城 本丸竣工

1598(慶長3) 秀吉没す 6歳の豊臣秀頼が城主に

1608(慶長13)*1 総構えの城郭として武家屋敷など全体が完成

1615(慶長20) 大坂夏の陣で秀吉築城の大坂城落城 豊臣氏滅亡

1620(元和6) 江戸幕府2代将軍 徳川秀忠が大坂城再築を開始    再築時、豊臣期の石垣などは深く土中に埋没

1629(寛永6) 3代将軍 徳川家光の代に徳川大坂城再築竣工(豊臣期の望楼型5重6階から層塔型5重5階天主に) 

          徳川の威信を天下に示すとともに、重要拠点として幕府の直轄とする

1665(寛文5) 落雷により再築天守を焼失 

1868(慶応4) 幕末混乱期の失火により、本丸御殿をはじめ櫓や門など建造物の多くを焼失

  明治維新以降、大坂を大阪に改め、表記が大阪城となる

1931(昭和6) 天守を現在の姿に模擬復興(望楼型5重8階:鉄骨鉄筋コンクリート造り)

1945(昭和20) 城内は空襲の被害を受けるも復興天守は残る

1955(昭和30) 国の特別史跡に指定

2006(平成18) 日本の100名城に選定

2025(令和7) 豊臣石垣館 開館 地中に埋まっていた豊臣期の石垣を一般公開

 

  *1 総構えの城郭…城や武家屋敷など城下町全体を堀や土塁で囲んだもの

 

🏯大手門や多聞櫓、乾櫓、一番櫓、六番櫓、桜門などの現存遺構(13棟)は徳川大坂城のもので、国の重要文化財に指定されています。

 

勇壮な模擬天守(高さ55m:外観は豊臣大坂城がモデル)

 

大坂夏の陣  ミニチュア再現(真田幸村隊vs松平忠直隊)

〔天守5Fに展示の今にも動き出しそうなミニチュア人形〕

 

天守最上階から南側を望む(大坂夏の陣の主戦場方向)

 

 北側から見る(極楽橋・内堀・本丸石垣・天守) 

 

【現在の大阪城の特徴】

🏯現在の復興模擬天守の外観デザインについては、大坂夏の陣屏風に描かれている豊臣期の天守、規模については徳川期の天守(高さ約58m:豊臣期の約1.5倍)を参考に復興建築しています。(折衷型模擬天守ですねニコニコ)

🏯5層目は黒漆塗りの豊臣大坂城の「黒」、4層までは白漆喰壁の徳川大坂城の「白」の色調を採用。天守台石垣は、徳川大坂城のものを使用しており、豊臣大坂城と天守の位置が異なります。

🏯発掘調査により、豊臣大坂城期の石垣が地中深くから見つかり、2025年より豊臣石垣館で公開されています。

🏯最大10mの盛り土をしており、豊臣氏の痕跡を一切残さず、徳川の天下を示そうとした徳川秀忠の強い意思が窺えますね。

 やり過ぎのような…うーん

 

鉛筆城内では、御座船での内堀めぐりのほか、ロードトレイン、エレクトリックカーで周遊を楽しめます。

 

 御座船(豊臣大坂図屏風の鳳凰丸を再現)が人気

     石垣を間近で見ることができる