何が現実に起きているのか、ついに最後まで「これが正解」と思える結論に辿り着けないまま舞台は終わってしまった。
そのためなのかモヤモヤ感は後を引き、何時まで経ってもこの舞台のあれこれが思い出される。
制作者・キャストの皆さんの術中にハマったかも・・・と苦笑してしまう。
DVDが来る前に、とにかく、何としてでも、無理やりにでも、「私の思う正解」を覚書にして、DVDとの答え合わせに臨みたいと頑張ってはみたけれど・・・。
相変わらず脳内大混乱は収まりそうにないので、今まで考えてきたことを記録しておこう。
初見の時はケビンの衣装で分けて、Tシャツを着ている初めの部分と最後の部分が現実で、
その他は小説の中と単純に考えた。 でも自分自身でさえまったく納得できない。
一番気になるのがラストのパートなのだ。
あのパートの登場人物は、ケビン、ラルフ・ブース、花屋のレイモンド、管理人のおばさん。
レイモンドはケビンの小説を読んでも別に驚く様子もない。レイモンドが連続殺人の犯人なら
驚愕するだろうし、ましてやおばさんにその小説をみせることなどあり得ない。
ここからは私の妄想炸裂。
小説家を夢見るケビンは、隣人のラルフ・ブースという小説を書くのを趣味にしている年配の男性を
参考に「アンクル・トム」の人物像を創り上げる。
そのトムおじさんを狂言回しに、ケビン自身の今まで体験してきたことや現在起きている連続殺人事件のニュースをヒントに推理小説を書き始める。
もちろん主人公はケビン自身。 友人のレイモンドとのやり取りも小説の中に取り入れる。
ケビンは幼いころ酔っぱらっては虐待する母親を殺したいと思ったことがあったかもしれない。
母親が娼婦なら、潜在的に女性不信に陥っていても不思議ではない。
現在進行中の女性殺人事件は小説のヒントになり、現実にはできなくても、想像の中、自分の小説の中では殺すことが出来る。
「操られた殺人」は「アンクル・トム」の小説中の小説ではないのか。
女編集長は現実に行われた連続殺人の中にそれらしき人がいて、その犠牲者をヒントに創られた人物かもしれない。
日頃酒を飲まないケビンが隣人のところからくすねたアブサンで妄想を膨らませたら、殺人の描写など
容易いのではないか。レイモンドのお前の小説には刺激がない(意訳)という弱点も、アブサンの力を借りてならどんな残酷な殺しの場面も書けるのではないか。
さらにトムおじさんが実在の人物なら、殺人の現場写真を簡単に手に入れるなど出来ないと思うし、
ケビンの両親のことをケビン以上に知ることは無理だろう。
ケビンの最後の仕上げは、自分が創り上げたアンクル・トムを消し去ること。
酒を飲み妄想と現実をさまようケビンが、隣人のラルフ・ブースを自分が殺したはずのトムおじさんと
混同して怯えたのだろう。
つまり最後の場面に出てきたのが現実で、その他は全てケビンの小説の中での出来事。
こうして大混乱の中、取り敢えず考えてはみたが、DVDを見てもなおさら混乱するような気がする。
うーん、下手の考え休むに似たり・・・だよね。