菜月の問わず語り

菜月の問わず語り

気ままにゆったり更新します。
内野聖陽さん、新納慎也さんに関するものが多くなる予感。

Amebaでブログを始めよう!

思いつくままの忘備録。しかも長文。ここに迷い込んだ方がいらっしゃったらごめんなさい。

 

9年ぶりに観る伝説のペアは期待をはるかに超えていた。 大感動の舞台だった。
万里生さん演じるレイはただ一直線に彼への愛を貫く。その愛が加速していく様子を綿密に表現する。彼の言葉、彼の仕草すべてに反応し変化する表情が素晴らしい。19歳と54歳の演じ分けも姿勢と声だけでその雰囲気を見事に表現していた。

そして54歳のレイが今もなお愛し続けている彼…これだけで確かにハードルは相当高いが、

新納さんは軽々と超えて来た。スパダリ的容姿、低く甘い声。何よりも9年前に比べて進化を感じたのは歌唱力。さらに感情が歌声に乗ってストレートプレイの台詞を聞いているように訴えかけてくる。 万里生さんと新納さんの9年間の鍛錬と経験が余すところなく発揮された舞台だった。
 

レイは彼が他の大学に行ってしまった半年間どうしていたのだろう。

何も言わずふらっといなくなって、またレイのもとに帰って来た彼…。感情が爆発したような笑顔と「待ってたよ!」の台詞にレイの孤独な半年間の思いが溢れる。

彼はレイなしで過ごした半年間どうしていたのだろう。

まるで物陰に隠れるように階段下に佇む彼は、栗山さんが言うように「約束の30分前に公園に来て、何度も約束の時間を確認するレイの様子をうかがっていた」のだろうな…。彼は半年間何の犯罪にも手を染めなかったのではないか。レイがいなければ思い切ったことを何も出来ない…。
自分を一途に愛してくれるレイ、その愛が重たいと思う時があってもそれに甘えてしまう。

父親への愛憎で身動きが取れなくなっている自分自身を持て余しているような哀しみと孤独を滲ませて彼はレイと対峙する。彼が本心を晒すのは、唯一レイだけなのだ。そしてレイもそのことを良く理解している。

 

回想が始まる冒頭の公園でのシーン、9年前の観劇以上にレイと彼の事情が理解出来たような気がする。

「同じ大学院に行けると思っていたのに」…と残念がるレイに、「俺は今のところで満足している」と言う。同じ大学院に行かなかった理由を「お前のような天才なら分かるだろう」とイラついた様子で振り切る彼。

父親の財政的な問題。 レイが言った「(弟は)金を渡さないと何も教えてくれない」様子は、溺愛されている弟でさえ十分な小遣いを貰えていないこと。

彼の学力の問題。 IQ200のレイと同じような学生が集う大学で挫折し、同じ大学院は諦めたのかもしれない。

彼は両家の財力面、自分とレイの能力面でも強いコンプレックスを持っているのが、短い会話の中であらわになっていくのが感じられた。だからこそレイの前で絶対的優位を保ちたい。自分は超人と言い出す彼に19歳という幼さと危うさが見えた。

 

レイはあの公園で彼に再会し熱い抱擁を受けたことで、二度と彼を離したくない、彼のいない日々の虚しさに恐怖を覚えたのではないか。もう二度と彼と離れたくない!それがだんだん強くなって、どのような手段を取ってでもと思い詰めたのはどこからだろう。

友人は愛を義務だの要求だのと彼が話した「契約書」作成のシーンからだと言った。うーん分かる。
しかし私は、彼が契約をだんだん履行しなくなった時からではないかと思う。彼が契約を守っている限り愛を交わす時間は訪れる。半年間彼と触れ合うことの無かったレイにとって、契約上であっても彼と過ごす保障された時間は、この上もなく大切なものだったのでは…。
彼はその約束を破り始める。レイは彼がスリルを求め犯罪に走る相棒としてだけの存在になっていく。いつものようにふらりと姿を消してしまうのではないか。そしてまた、彼のいない孤独な日々が始まる…。そう考えた時レイの恐怖と激情は爆発する。

「次は僕の番だね。ちゃんと契約したよね?気が狂いそうだ、今度は抱きしめて!」まるで悲鳴のように聞こえるレイの言葉。それでもやり過ごそうとする彼にレイは、契約書を破り捨てる!と言い出した。愛を乞うて迫るレイと義務を果たすように淡々と従う彼。
その後の幸せそうなレイに、もっとスリルのあること殺人の計画を思いついたと話す彼。
私は『ちょっと待て、おぬし愛を交わしながら、そんなことを考えていたのか』と思わずため息をついてしまった。

犠牲者の少年を誘拐する場面。私はこのシーンが残酷だけど好きだ。 新納さんの本領発揮。
スポーツカー、きらめく鍵、子供目線に合わせる動作、甘くささやくような歌声。新納彼の前で警戒しつつもスポーツカーの魅力に逆らえなくなってくる少年の姿が見えるようだった。少年と向き合っている時は優しく甘い表情、しかし顔を逸らした時に冷たく目が光る。この一瞬の冷酷な目の表情を配信のカメラはアップで見事に捉えていた。新納さんは子供を待つ間のライターの音から始まり、スポーツカーに誘い込むまでのストーリーを、歌声と表情・仕草で流れるように演じて見せてくれたのだ。

 

レイはメガネを現場に落としてしまったのか、故意に置いてきたのか。
9年前、私はレイが動転してメガネを落としてしまい、最後の最後で自分が仕組んだのだと嘘をついたのだと思っていた。彼が憧れを込めて無邪気に言った「あんな弁護士になりたかった」の一言で。あの弁護士より自分はもっと緻密なはかりごとが出来る、自分こそが超人なのだと彼に認めさせたかったのだと思ったのだ。

 

しかし今回観劇して、あれは故意に置いてきたのだと思いなおした。

脅迫状を読みながら彼が「ここまでは完璧だ」と言った後に続いて、客席に向いて座ったままレイは「完璧だ」と答える。あの時の表情を観て私は9年前の自分の考えが違っていたのではないかと思った。 それに33年後の審理会でのレイの後悔があまりに激しく苦悩に満ちたものだったから。
過ちならまだしも自分が故意にメガネを置いたことで、彼は囚われ刑務所の中で殺されてしまった。彼が死んだ後、レイはどれほど後悔しただろう。審理会では殺した子供のことばかり後悔しているように話していたが、私には彼を死に追いやったことの後悔の方が強いのではないかと思えた。

「こんなこと、二度と話したくない」この言葉は彼の死に掛かっているのだと。

ではなぜレイはメガネをわざと置いてきたのか。

彼のスリルを求める欲望はエスカレートし、レイにはとても止められない。本気で止めたらきっと彼を失ってしまう。もしかしたらレイのような相棒を見つけてしまうかもしれない。彼と共に生きていけないのなら、一緒に掴まった方がいい。たとえ死刑になっても彼と一緒に死ねるのなら…。レイはメガネを置くとき自分の人生の全てを賭けた。
しかしメガネだけでは証拠に乏しい。彼が処分しろと言ったものも十分証拠になる。頭の良いレイはそこまで考えて、捨てろと言われた物品を取って置いたのではないか。

愛する彼との共同作業で得たものだから捨てられなかったわけではないのだ…と思う。

殺人がバレてしまった後からの万里生さん新納さんの芝居と歌が凄い。お互いの激しいやり取り。始めは泰然としていた彼も事の成り行きにだんだん怯え始める。電話を持つ手、新聞を読むときの手が震えている。余裕がなくなっていく様子が伝わってきた。
しかもお互い怒鳴り合うようなセリフの応酬の後に歌が来ても、歌声がかすれたり裏返ったりすることがない。 ミュージカル俳優と言われる人達の喉ってどうなっているのだろうか。素晴らしい!

 

護送車の中でレイは衝撃の告白を始める。

2011年9月の初見、一瞬私は何が起きたのか理解できないほど驚いてしまった。舞台を観てカタマルという経験を初めてしたかもしれない。

今回は結末を知っているので、落ち着いて二人の様子を観ることが出来た。
レイは彼を永遠に独占することに成功して、何も心残りがないように平然としている。何があっても彼と一緒にいたい、その想いを自らの手で成し遂げたのだから、あとは誇らしく彼に告げるだけ。99年間二人は二度と離れることはない、自分は思いを遂げたのだと…。
一方彼はレイが文字通り命がけで行ったことを理解した時、初めてレイの彼への愛が如何に必死で強烈なものかを思い知ったのではないか。 涙を流し薄く微笑んだ彼からはレイへの恨みではなく、愛するレイを追い詰めてしまった後悔と、これほどまでに愛された幸せが綯交ぜになっているような気がした。

 

結局彼はレイの一途な愛にはかなわなかったのだ。レイの愛は彼だけに向かって一直線。

彼が世界の全て。 彼もレイを愛していたとは思う。レイの頭を抱いて口づける時。悪態をつきながらもふっと優しい顔を見せる時。特に♪優しい炎♪のシーンは犯罪の最中であるにも関わらず最高のラブシーンだった。

しかし彼の愛は父親にも向いていた。 彼の抱く父親への感情は愛憎と言って良い。愛情が強ければ強いほど、愛されない悲しみと怒りは憎しみに変わる。彼の苛立ちと、スリルに捌け口を求める姿には胸を掻きむしられるような切なさがあった。
 

全てを理解した彼は「君を認めよう、だがこれから君は孤独だ」と言う。その後のレイの言葉が怖い。「騒ぎが落ち着いたら、僕たち同じところに移して貰える(金でどうにでもなる)」
いやもう土蜘蛛の糸が飛んで来て彼に絡みつく様子が見えたような気がした(笑)

 

釈放されたレイは戸惑いながら彼と過ごした公園に向かう。返却された持ち物の中の彼の写真…。そこでレイは彼の幻を見る。公園で再会した時の若い日の姿のままの彼。「待ってたよ!」弾むように呼び掛けると「レイ」と懐かしい彼の声が聞こえる。思わず駆け寄るレイ。しかし彼の幻は一瞬で消えてしまった…。
死んでしまった彼がレイの前に生身の姿を現すことはない。しかしこの物語が私にはハッピーエンドに思えるのは何故だろう。(犯罪を犯した彼らが救われるはずがないという倫理観はさておき)

レイはあの1枚の写真があれば、公園の深い森の中でいつでも彼に逢えるのではないか。
彼がレイの回想の中に棲むのなら、レイの思うままに優しく微笑み抱きしめてくれるだろう…。

万里生さんと新納さん、お互いに信じあい共鳴し合った二人だからこそ、濃密にレイと彼の世界を生きて「究極の愛version」を演じ切れたのだと思う。

 

最後にこれだけは記しておこう。
なかなかブログが進まなかった理由。劇中の目くるめくキスシーンを書きたいのに、思い出すと二人がもれなくキューピーちゃんに脳内変換されてしまい、そこで笑い出してしまう。
これは万里生さん、新納さんの所為である。可愛いので楽しい笑いではあるけれど…❤

東日本大震災から10年が経った。
今日を節目と呼ぶ人もいる。 通過点だと語る人もいる。
節目であれ通過点であれ、私は皆の記憶が薄れていくのが怖い。

もちろん実際に被災した方々は忘れようにも決して忘れられない悲しみ恐怖である。
しかし私はどうだろう。 10年経つ間に防災の教訓も薄れてしまっている。
当時は防災リュックもすぐ手が届く所に置いていたし、懐中電灯も靴もベッドサイドに
置いて寝ていた。
リュックサックの中には担当医の処方薬10日分と、常備薬もしっかり入れていた。
しかし年月が経つに連れて地震に対する警戒心もだんだん薄れてくる。
少しの地震の揺れではあまり驚くこともない。 あ、揺れてる、何処かな?と思うくらい。
 

そんな私に年に2度、1月17日と3月11日に防災グッズを点検しなければと
喝を入れてくれる素敵な人がいる。
新納慎也さん。 
今日もtwitterにあの日のことを書き、新たな脅威であるコロナと戦う私たちに向けて
力強いエールを送ってくれた。

 

3月11日帰宅難民となった私は千代田区から自宅まで7時間歩くことになった。
同じ方面に向かう二人の仲間と共に。 あの時一人だったらどうしていただろう。
机の中から取り出してきたチョコレートを分け合ってかじりながら、時には尻取りをしたり
くだらないオヤジギャグに笑ったり・・・励まし合いながら7時間を歩き切った。
あの金曜日のことを、仲間のありがたさを、一生忘れないようにしよう。
 

被災地では、多くの人の命が失われた。 10年経った今も家族のもとへ帰れない人々がいる。
探し続けている人もいる。 とても10年経った節目の日などと言えないだろう。
残された人々にとっては喪失感が続いて行く中の一日に過ぎないのだから・・・。

                                          

                                                合掌

 

 

クラシックをこんなにしみじみと聴いたのは久しぶり。
自在に踊るようなピアノとヴァイオリン、それらをしっかりと支えるチェロの重厚さ。

美しいソプラノの歌声。 字幕が用意されているのが嬉しい。
音楽にのせて、クララとロベルト・シューマン、ヨハネス・ブラームスの愛の軌跡が紡がれる。


水夏希さんのクララ。
もう絶対クララってこんな女性だったに違いないと思わせる雰囲気だった。
優しく強靭な魂、美しく凛とした佇まい。 

クララがこうでなければ、彼女を愛した2人の天才音楽家の物語に説得力がない。
本当に素敵な女性だった。

 

新納慎也さんのロベルト・シューマン
ゆったりと包み込むような声に繊細で優しいロベルトの姿が立ち上る。
8歳年下のクララにとっては、まさしく王子様だったのだろう。
しかしクララに話して聞かせたライオンの物語や残酷な少年の話は

彼の心の中に狂気が潜んでいるのではないかと思うほど怖かった。
どんどん精神的に追い詰められていく種は、そのころから発芽していたのではないか。
ロベルトが崩れていく様子はクララによって語られるが、
新納さんの声で聴きたかったと、少し残念。

 

新納慎也さんのヨハネス・ブラームス
第一声から生気に溢れている。爽やかでスターカットのように歯切れが良い。

ロベルトへの尊敬の念と恩義、クララへのほのかな思慕の念。
「クララと呼んで」と言われた時、驚きと嬉しさを込めて一瞬クララを見つめる表情が素晴らしい。
さすが舞台人! とテンションが上がった。

特筆すべきはクララの埋葬に間に合って、静かに語り掛ける台詞。

天上で再び3人で集う日の来ることを、少しも疑ってない老いたヨハネスの声が静かに流れる。

溢れる涙が止まらなかった。
 
「BALLAD de NÎRO」に続く、心潤う至福の時間 Part2 本当に素晴らしく贅沢な時間だった。
クラシックと朗読の融合・・・また体験させて下さい。
演奏家の皆さん、水夏希さん、新納慎也さん、豊かな時間をありがとうございました。