テート・ブリテン の見所の一つが ラファエル前派 の作品です。

ラファエル前派は、古典偏重の美術教育に異を唱え、ラファエロ以前の中世や初期ルネサンスの芸術を範とした一派です。

本稿ではラファエル前派の創始者であるロセッティ、ハント、ミレイに加え、その後、強い影響を受けた画家達の作品を取り上げます。

 

先頭は、ラファエル前派の中で最も有名な作品から。ニコニコ

 

オフィーリア/ジョン・エヴァレット・ミレイ (1851-1852年)

 

テート・ブリテン を訪れたら、絶対に見逃せない作品の一つでしょう。

シェイクスピア の有名な悲劇 ≪ハムレット≫ 第4幕7章の一場面を描いたものです。

王子ハムレットが叔父への復讐を逡巡している間に恋人オフィーリアが溺死してしまう場面です。

以前、テレ東の『美の巨人たち』でも取り上げられたことがあり、私もその回を観ました。

ミレイが間借りしていた部屋にバスタブを置き、長時間、モデル(後のロセッティ夫人)を水に浮かばせてポーズをとらせた様子や、背景として描かれたホグズミル川の映像を観たこともあって、この作品を観るのも、今回の旅行の目的の一つでした。

 

夏目漱石 もロンドンでこの絵を観たようで、≪草枕≫ の中で、

「 ミレーのオフェリヤも、こう観察するとだいぶ美しくなる。何であんな不愉快な所を択(えら)んだものかと今まで不審に思っていたが、あれはやはり画になるのだ。水に浮んだまま、あるいは水に沈んだまま、あるいは沈んだり浮んだりしたまま、ただそのままの姿で苦なしに流れる有様は美的に相違ない。それで両岸にいろいろな草花をあしらって、水の色と流れて行く人の顔の色と、衣服の色に、落ちついた調和をとったなら、きっと画になるに相違ない。しかし流れて行く人の表情が、まるで平和ではほとんど神話か比喩になってしまう。痙攣的な苦悶はもとより、全幅の精神をうち壊こわすが、全然色気ない平気な顔では人情が写らない。どんな顔をかいたら成功するだろう。ミレーのオフェリヤは成功かも知れないが、彼の精神は余と同じところに存するか疑わしい。」  

と書いています。

 

正気を失い、川底に沈んでいくオフィーリアの悲哀を色鮮やかな草花・ドレス・水がドラマチックに惹き立てています。細密な風景描写・鮮やかな色彩・抒情性といったラファエル前派の特徴が最高レベルで結実した作品でしょう。

写実に徹底的に拘って描いたミレイの執念が産み出した傑作ですね。

 

 

シャーロット姫/ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス (1888年)

 

アーサー王物語が題材になっています。

呪いをかけられ、騎士ランスロットの愛を得られぬことを知ったシャーロット姫が、死を覚悟しながらも、ランスロットの元に舟で向おうとする場面(途中で息絶えてしまう)。

これもラファエル前派らしい抒情性に満ちた美しい絵ですが、傾向的には≪オフィーリア≫、そのまんまですね。悲劇的な死を遂げる物語の美女+美しい自然という組み合わせは全く同じです。傾向と対策を施して試験に挑んだ受験生の作品のように感じました。ニヤリ

 

 

プロセルピナ/ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ (1874年)

 

プロセルピナは、ローマ神話に登場する春の女神であり、冥府を司る神プルートーに誘拐され、妻となりました。

 

プロセルピーナの略奪/ベルニーニ (2015年 ボルゲーゼ美術館で撮影)

 

そのプロセルピナを愛人ジェイン・モリスをモデルとして描きました。

ジェイン・モリスは、ロセッティの弟子であったウィリアム・モリスの奥さんでした。

ロセッティは、エリザベス(ミレイの≪オフィーリア≫のモデルも務めた)という奥さんがいながら、ジェイン・モリスを愛してしまい、その結果、エリザベスは薬の大量服用で自殺同然で亡くなりました。

ロセッティは、エリザベスの死に対する罪悪感と弟子の奥さんへの愛で、精神を病み、自殺を図ったりしました。そして、失意の内に、54歳で冥界へと旅立ちました。

ラファエル前派的な情感のある美女の絵ですが、裏には壮絶な現実があったようです。

 

 

われらがイングランドの海岸/ウィリアム・ホルマン・ハント (1852年)

 

ラファエル前派の創始メンバーの一人であり、ミレイやロセッティ以上に、一貫して精緻な自然描写に拘ったハントの代表作。牧歌的で美しい自然+可愛らしい羊という組み合わせも、ラファエル前派的です。

 

 

リンゴを収穫している8人の女性/エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ (1876年)

 

ギリシャ神話に登場する「ヘスペリデスの園」に住む美しいニンフ(精霊)達が、歌を歌いながらリンゴを収穫している情景のようです。

 

 

トラッド・ソングでもポピュラー音楽でも、英国人は抒情性を好むようであり、ラファエル前派もそうした気質を反映しているように感じます。ワタシ的には、甘ったるさが過剰と感じる事もあるのですけど。

テート・ブリテンは、美術史における数少ない英国発祥のムーヴメントであるラファエル前派の殿堂でもあります。

 

 

ラファエル前派を連想させるビジュアルのMVと言えばコレかなあ

日本人にはよく知られている曲ですね ウインク