迷亭 ぶんか村-seicho 評価: ★★★★☆(4.5)


~飛鳥路に古代人の残した謎の石をたずね、イランの砂漠に立つ沈黙の塔に日本の古代を思う。古代史と歴史家の謎の死とを結び、壮大なスケールで展開するロマン長篇~


日本古代史に対して独自の視点から研究を続けた清張による力作です。
”教養+ミステりー”という所謂”お勉強ミステリー”の先駆けとも思われますが、本作は娯楽小説のレベルを越えており、学術書に近い精緻な推論が展開されます。


清張の化身である東大で古代史を研究するヒロインは、偶然知り合った初老の男からのアドバイスを受けながら、飛鳥時代の謎の石造物(益田岩船、酒船石等)について大胆な推論を構築していきます。


目的も用途も謎であるこれらの石造物は斉明天皇(655年即位)によって建造されたもので、日本書紀に記されている内容から、それは神道でも仏教でもない異教の影響が強く伺われるとします。その異教とは古代ペルシアで生まれたゾロアスター教であり、当時、既にペルシア人が飛鳥の都に居住していたと考えます。ゾロアスター教は火を崇拝しており、益田岩船は拝火壇として建造されたと推理します。(斉明天皇の薨去によって建造は中断され、放置された)


迷亭 ぶんか村-masuda 迷亭 ぶんか村-sakafune

ヒロインはゾロアスター教を調査するために、イランに渡り、各地の遺跡を探訪します。清張自身が見て歩いたイランの様子がヒロインの眼を通して描かれます。圧巻は”沈黙の塔”。これはゾ教信者の遺体を鳥葬にする塔であり、砂漠の岩山の頂上に築かれています。そこには今も(清張訪問時)白骨が散乱しています。荒涼たる砂漠の岩山に眠る死者達の声が聞こえてくるような塔の様子が読む者の目の前に拡がっていくような気がします。


清張は古代史について、大変な熱意と労力を費やして研究しましたが、閉鎖的な学界からは相手にしてもらえなかったようです。その恨み節が、ヒロインが発表した論文への反応として描かれます。井沢元彦も書いていますが、日本の古代史学界は”史料主義”に執着する余り、画期的な史料が発見されない限り、新説を認めないような風潮があるため、史料の少ない古代史については一向に研究が進まないようです。他にも、学閥による閉鎖性・排他性も強く残っているそうです。


飛鳥石造物とゾ教の関係は、恐らく今も学界では認められていないでしょう。しかし、本作を読むと、大和時代の文化はゾ教や古代ペルシア文化から直接的・間接的に影響を受けていただろうなという感想を抱きます。例えば、時代は少し下りますが、平安時代に空海が唐から持ち帰った真言密教からも西域の匂いを感じます。司馬遼太郎の著作によれば、空海の二代前の伝承者”不空”は幻術の達人であったそうですが、その幻術はペルシア的です。我々が想像する以上に昔から、シルクロードを通って西域の文化は日本にも伝わっていたのかもしれません。


ヒロインにアドバイスをした男に漂う陰と犯罪の匂い。奈良・イランを歩きながら新説を組み立てていくヒロイン。小説はこの二つを軸に展開していきます。ミステリーの方も面白いですが、本作の中心は飛鳥石造物の謎の解明です。長編なので、古代史に興味がないと読むのは辛い作品でしょうが、清張ファンには必読の書であると思います。