正月早々、能登半島を襲った大地震。地形的な問題もあって復旧は時間がかかり、まだまだインフラも十分に復旧していないようです。
そんな能登半島を、私は高校2年生の春休み(ということは、指折り数えると47年前ということになります)に一周してきました。夏休みにアルバイトをして貯めたお金を使って、行きは新日本海フェリー、帰りは国鉄を使っての一人旅です。
(なぜかずーっと、この旅は高校1年の春休みに行ったと記憶していたのですが、アルバムを見ると修学旅行の後に写真が貼られ、日付も記憶より1年後でした。この記憶の混乱はどうして起こってしまったのかとちょっと不思議です。)
当時の写真を見たいと思って実家に行き、アルバムを持ってきました。久しぶりに見ると……47年という時間が物語っていますね。どの写真も思いっきり変色していました。そして思ったほど写真がありません。当時はまだフィルムカメラの時代で、撮れば撮るほどお金がかかりました。だから無駄に枚数を撮れなかったのです。その割に、何を撮りたかったんだろうというしょーもない写真が多いのですが。
さすがにほぼ半世紀前のことですから、この旅の細部は忘却の彼方に飛んで行ってしまっています。いまでもある程度の印象に残っているのは数えるほどです。
ただ面白かったのは、16歳という若さの割に、神社や仏閣に行って写真を撮っていたことです。もちろん、この頃は御朱印なんて知りませんし、ただガイドブックを見て行ってみたいと思ったというだけのことだと思います。どこの神社やお寺か、写真に名前だけはつけてあったので、せっかくだから紹介しておきます。写真が下手なうえに変色して見づらい写真であることはご容赦願います。
尾崎神社(昭和52年3月27日)
最後にこの旅で最も印象に残ったスポットのひとつである見附島の写真を載せておきます。この見附島の地震後の様子を見ると、これが自然ということを差し引いても、悲しくなってしまいました。
見附島(昭和52年3月31日)