先日幕張メッセでインターペッツというペット関連商品の展示会が開催されました。


ペットと一緒に暮らしている家族が増えてフードや便利な用品需要が高まっていることがこうした展示会の開催につながるのだと思います。弊社を含め、100社以上が参加してフード、リード、ケージ、アクセサリー、洋服などを扱う企業が幅広くブースに並んでおりました。私が対応したお客様は、富山県、広島県、和歌山県、秋田県と地方の方も多く日本中から来場されておりました。


フランスからもはるばる日本市場を開拓しようと展示しておりましたし、またブースを持たずに来場して営業している倉庫業や船会社の方、商品のカタログ持参で回っているイタリア人までもがおりました。


尋ねてくれる営業の方の話は基本的に聞くようにしております。商品が良くて紹介する営業の方に魅力があると益々興味を感じてしまいます。場合によっては、あまり必要ないようなものでも売込みする側の人物に引かれて話しに乗ってしまう場合もあります。


もちろん、非常に好印象とう方に出会うのはそう多くありません。優しい目、声のトーン、丁寧な言葉遣い、服装、足元の清潔さなど、あらゆるものが私の目に一瞬にして飛び込んできます。人はこれらの情報を五感をとおして一瞬で判断できる能力があります。


我が社も全員営業! という掛け声の元、好印象を生み出すことができるよう日々全員で努力しております。朝礼前に商品知識を勉強したり、営業のロールプレイをしたり基本を訓練しております。弊社のブースにお寄りいただいたお客様から見て、果たして我が社員はどんな気持ちのよい対応をしたのか気になるところです。


ともあれ4日間のインターペッツへ参加された営業員4名の諸君、 また、開発メンバー2名、神奈川の事務員さん大変お疲れ様でした。 

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宝塚動物霊園


8/20(土)と21(日)は宝塚動物霊園で夏の盂蘭盆法要が開催されました。こちらはペット専門の霊園として全国でもっとも規模が大きいといわれ、春と秋を含め年に3回の大きな法要があり近畿県内から沢山の方々がお参りに参加されます。家族の一員として一緒にすごした日々を思い感謝する気持ちを表現する大事な催しなのです。


たまたま近くでペット用品の事業をしている関係で10年以上前からお付き合いさせていただきお世話になっております。今回も出店を開いて主にペットの玩具やキャリーバッグなどの商品を並べて格安価格で販売しました。


夏は2日間です。今回は2日ともに雨に襲われてトラックでの商品運搬と展示に大変苦労しました。1日3人づつの社員に任せましたが、きっと身も心もヘトヘトに疲れて帰ったことと思われます。

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快い接客はお客様の目線から見れば当然のことをしていることになります。商品の値打ちをしっかり説明して販売しようとするといろいろ細かいことに"積極的な注意"を払わなければなりません。新入社員としてはじめて参加する社員がいましたので、前日に注意項目などを皆で挙げてみました。笑顔、丁寧な言葉、商品知識、商品の陳列の工夫・・・などなど、箇条書きで30項目があっという間に書き出されました。30項目を頭に理屈として叩き込むといっても無理なことです。つまり理屈より何度も体験して体で覚え必要があると感じていただければお店に参加した意義があったと思います。


弊社としてはこうしたイベントを社員の訓練の場として利用させていただき、できれば開催前のミーティングをしっかり実施して臨み、開催後は簡単なレポート提出と反省会などをして実践の記録をまとめてゆきたいと思います。意識をしないとイベントはそのまま過去の記憶からも無くなってゆくものです。売り上げ金額のみに執着するのではなく、接客を通して商売の基本を深く学びたいと思うのです。



ご苦労様でした。




商品の後ろで顔が隠れた寺嵜くんごめんなさい。m(_ _ )m


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お盆の休暇を利用して山口県の萩市に行ってまいりました。
萩市は、吉田松陰の生まれ故郷です。彼は30才という若さで時の事実上幕府に処刑された人物です。


司馬遼太郎の「世に棲む日日」という本を読んで大いに感動したものです。「こんな生き方をするなんて、すごい人だなぁ~」と素直に思ったものです。


そんな人が誕生して育った自然環境はどのようなものか大変興味がありました。新幹線で新大阪から3時間(こだま号)、そして車で3時間、昔であれば江戸までは徒歩で30日はかかったと言われています。大阪からでも結構な距離感がありました。


阿武川が日本海に向けて2本の川に別れ松本川と橋本川になりその間の平らな中洲でできているのが萩市です。海と山と川の美しさは特別驚くほどのものではありません。日本のどのにでもあるような、しかも田舎ゆえに昔の生活を思わせる家や塀が今でも残っています。


松本川から東へすぐのところに松蔭神社がありました。一般的に神社といえば五穀豊穣を祈願するどこにでもある社を想像します。個人を祀る神社はあまり聞いたことないですね。そして鏡・剣・玉が三種の神器です。ところが松蔭神社のご神体は筆と硯なのです。実際に見たわけではないのですが現代風に言えばインクとペンということになります。どなたが決めたのか知りませんが、御飯より本が好きで、ご自分でも沢山の本を執筆された松蔭先生にちなんだユニークな神器でいいなと思います。


地元のガイドさんに神社を巡りながら説明をしていただきました。ペリー提督のアメリカ船に乗り込んで密航を企てる計画が失敗し刑に服することになります。地元の萩に罪人として送り返され野山獄という刑務所に監禁されます。他の囚人や警備の者たちと一緒に人の生き方や国家につくす考え方などを講義すると全員が松陰先生の生徒になってゆくのです。また刑務所から出てで実家に軟禁された状態になります。ここでも萩の若者に孟子などの思想と実践の重要性を真剣に講義するのです。


その中には、維新で活躍する若い高杉晋作、桂小五郎、伊藤博文、井上馨、山県有朋、大村益次郎などなど、総勢98名が松陰先生の生徒になったようです。刑務所と実家での軟禁はわずかに1年半年ということです。その後は江戸に送られ安政の大獄という嵐に巻き込まれて処刑されるのです。


偶然が重なったという説明もあるのでしょうが、1年半という短い間にこんなにも沢山の若者に影響を与えたことに驚きを感じます。またその教育は生徒の身分の差別や声を荒げるような偉ぶった物言いもなかったということです。また実際の生活などを例に誰にでも理解できる講義だったとも言われています。きっと静かな物言いの中にも自身の命を削るような迫力があったに違いありません。


はたしてこんな青年にどのようにして育ったのでしょうか? 父母の影響も大いにあったことでしょうし、幼児教育も独特だったようです。また本が好きで、好きな本の作者や関係者に会うという行動も自ら実践しております。それをまた回りの者たちが援助するような幸運にも恵まれていたようです。すくなくとも自然環境は私が生まれたところと特別変わったようなことはないようです。


松陰先生が育ったように、また彼が生徒に教えたように人は良い本と人に出会うと大いに感化されるのだと思います。


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