平成二十六年八月十五日 終戦記念日靖国神社 参拝所感 | ゴモラでございます

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昨年に引き続き、本日、靖国神社にお詣りに参りました。

東京メトロ東西線九段下駅から一番出口靖国神社方面から行くの徒歩5分ぐらいで着くため、便利であると思います。

鳥居の前で一礼し、側道を夕闇迫る本殿へと参ります。

手水舎で身を清め、お詣りしようとしたところ、参拝待ちの列がすでにできており、並ぶこととなりました。

年配のお方、若いカップル、子供連れのお方、様々な老若男女が本殿に対峙し、お詣りの時を静かに待っておられました。

昨年と比較して、初詣以外あまり神社のお詣りに縁の無いと思われる若い方が増えているようにも感じました。

やっと、本殿前に着き、二礼、二拍手及び一礼をして、お詣りしました。

終戦の日である8月15日の参拝は、戦争の戦没者を賛美する意味合いが強いと思われる方も当然、いらっしゃると思います。

愚生の本参拝の主旨は、
「本殿に祀られておられる国家のために尽くされた御霊(愚生は、英霊という表現が好きではありません。なぜなら、霊魂に序列などありましょうか?ですので、御霊と申し上げております)246万6532柱に対して、今の日本の平和と繁栄を築いて下さった御礼を申し上げました。」

戦争を賛美するつもりなど「全くない」ことを申し述べておきます。

A級戦犯合祀問題が取り只されて久しいですね。

そもそも、政教分離という大原則のもと、分祀等々そのようなことを問いただすことは、御霊に対する最大限の無礼ではなかろうかと思います。

古来、怨霊を鎮めるため、神として崇めた神社の歴史等を踏まえると、戦犯と称せられたものでも、払い清められ、尊き御霊になり得ているのではないでしょうか。

ともあれ、今後とも、靖国神社が、政治の駆け引き等に使われることなど無きよう願って止みません。

一日本人として、「国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績(繰り返しますが、断じて賛美ではありません)を永く後世に伝えることは、もはや、日本人の義務とも本人の義務ともいえるのではないでしょうか。

そんなことを思い、靖国神社を後にしました。

来年は、本日のようにお詣りすることができませんが、いつか、また、この日にお詣りすることができることを願っています。

#靖国神社 #終戦記念日 #戦争 #平和