東京復活大聖堂へ行ってみた | ゴモラでございます

ゴモラでございます

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人が耐えうる極限の暑さと申しましょうか。
もはや、活動限界寸前にて、あまりの暑さに耐えかね冷風扇なるものを買ってきたのですが、ご存知でしょうか。
今は、あまり、見かけないのでしょうね。
水を機材に入れて、その気化熱を使って冷却するという代物なんですけど、結論として、「全然涼しくない」生ぬるい風がただ吹いているだけで全然涼感を得ることができないんです。
むしろ、機材に熱がこもってきて逆に”熱い?”
”安物買いの銭失い”とは、よくも言ったものであるよ。
失意のもと、戯れに”天津すだれ”を買ってきたのであるが、結論的に”涼しい!”
直射日光を遮るだけでこんなにも涼しいとは...
なんとなく、ベランダに打ち水してみると...これまた、涼しい!
なんだろうね。
この、”冷風機よりも先人の知恵たる”天津すだれ&打ち水が涼しいってのはね。
なにかのアイロニーを感じますな。
それはさておき、本題ざんす。
昨日も定例の献血血小板採取5連続であります。
ますます、強まっていくゴモラの血小板に嬉しさを感じます。
そのあと、例の外神田をぶらりぶらりしていますと、例の建物が見えてくるであります
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$ゴモラでございます
御茶ノ水駅聖橋口より徒歩2分
新御茶ノ水駅B1出口より徒歩2分
寺社仏閣等マニアの方へは、御茶ノ水駅を基点として
ニコライ堂~湯島聖堂~神田明神の3~4時間コースがよいのではと思う。
各所とも歩いていけるしね。
電気街目的だったんだけど、歴史に興味のある”面白いものみたいなぁ”っていう興味本位の方にお勧めしたい。
ニコライ堂は、日本最大のビザンチン様式のもの、また、湯島聖堂は、孔子をお祭りする珍しい仏閣等(長崎にもあるが)なので見ておいて損はないとおもう。更なる興味のある方は、足を伸ばして湯島天神にも行って欲しいなぁ。
そう、東京復活大聖堂
(外部リンクを参照願います)
俗に、「ニコライ堂」と言われている建物であります。
$ゴモラでございます
宗教美術のことは、よく分からないけれど、「ビザンチン様式(東ローマ)」といって丸みを帯びたドーム系の建物は、ロシアのクレムリン広場や東欧諸国などでみんなも見たことがあるんじゃないかな。カトリック系の協会とは、かなり「異質」な印象を受けました。
ゴモラはねぇ、幼稚園が”カトリック教会”だったこともあって興味を持っていただけなんだ。
結論的に、僕は、キリスト教徒でもないし、何らかの特定の宗教団体とも関係していない。
今回の”見学”も宗教的見地ではなく、カトリック建築やその相違等に興味があるだけだ。
”ただ、それだけだ”
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荘厳な宗教画に日本語ってゴモラ的には、ワクワクしちゃいますね!
独特の雰囲気を醸し出しているっていうかね。
描かれた方は、日本人らしくて”日本の信者(それ以外の人にも)に向けてのメッセージらしい。
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東京のど真ん中での「ビザンチン様式の建物」ってすごくいい!
すっごく”東欧チックでゴモラ大興奮!!!
$ゴモラでございます
拝観できるのが、1300からなんでちょっと時間待ちのつもりで園内をぶらつく。
$ゴモラでございます
$ゴモラでございます
すももらしきものがありましたが、ゴモラには、”聖なる果実”そんな感じを受けました。
若い神父さんが、水を撒いておられました。
打ち水効果で園内が涼やかに感じられましたよ。
1300になったのでドアが開き、妙齢の女性に拝観料を払い、中へ入ったのですが、中は、すごく広い!
ドームの部分が限りなく広がる空を思わせる。
窓には、ステンドガラスで宗教的な荘厳な感じだ。
正教会特有の”イコン”が各所においてある。
内部は、撮影できないんだ。
だから、外部サイトの内部写真で我慢して欲しい...
東京復活大聖堂(ニコライ堂):日本正協会(外部リンクを参照願います)
僕が、ほわ~って感じで見ていると、学芸員のようなおじさんが横にこられていろんなご説明をされたんだ。
そのご説明中にも、”信者の方(白系ロシアの方が多かった)が堂内をお祈りしておられました。(一般人は、祭壇付近にはいけないが、信者の方は、自由に入ることができる)
その、おじさんからいろんな話を聞いた。
この、ニコライ堂は、明治初期に立てられて奇しくも関東大震災で倒壊してしまうんだけど、信者さんのご尽力で昭和期に”復活”する。
あの、東京大空襲にも焼失することなく、そのままの姿を保つことができたんだ。
周りの建物は、炎上して見る影もないのに。
米軍の爆撃機の乗務員が、”わざとそれを避けた”んだね。
長崎の原爆の件なんだけど、長崎にも協会群はあったのに、投下されてしまった。
おそらく、東京大空襲の件は、爆撃機乗務員が”東方正教会”の信者じゃなかったのかと思う。
想像の域での話なんで信憑性はまったくないんだけれどね。
また、日露戦争の時代、ロシアと戦争をしていたにもかかわらず、ニコライ堂が敵の象徴としての放火や損壊がなかったことが、地元の人にいかにこの建物が親しまれていたかを表す逸話であると思います。
ロシア人修道司祭(のち大主教)聖ニコライさんは、日露戦争中も自分が帰国しては、信者が動揺するといって帰国しなかったそうだ。
さらには、ロシアと戦争をするため出兵する兵隊さんを励ましていたという驚きの逸話があるんだね。
布教のためにきた日本で暮らすうちに日本に対する愛着の念が湧き、そういった行動となって現れたと思うんだ。
宗教で布教してきたフランシスコ・ザビエルを始めとする伝道者の方たちは、布教をしてやっているっていう上から目線ではなく、地域に溶け込んで信者との苦楽を共にするといったことで”信仰”を超えた”人とのしての結びつき”を深めていったと思う。
長崎の”隠れキリシタン”の歴史にしてもそう。
信仰の教義うんぬんよりも、我が身を投げ出して布教を拒む弾圧に臨む”熱意”に惹かれてやがては”強固な信仰心”を宿したのではないかと思います。
ゴモラは、信者ではないのだけれど、そういった”熱意”は、共感できるものがあります。
なにごとにも、全力を持って取り組む”熱意”の気持ちを今の生活に少しでも生かすことができたら嬉しいものですね。
もっと書きたいけどこれぐらいにしときますね。
ニコライ堂の学芸員の方、本当に”熱意”あるご説明ありがとうございました。
短い時間ではありしたけれど、本当に楽しい時間を過ごすことができました。
心より御礼申し上げます。
ふぅ、外神田編もそろそろ完成の域に到達しつつありますね。

さて、次回は、”靖国神社”であります。
”気合”を入れていきますのでどうぞよろしくお願いします。
最後に、これマズいのかなぁって思ったけど...イイよね...
$ゴモラでございます
聖ニコライさん...かなぁ...
撮影中に、なんか視線を感じるな~と思って振り返ったら
”目と目が合いました”...
なんか、無造作に置いてあるんですよ...
飾ってお祀りしている様子もなくね。なんか...”置いてあるの”...
僕は、もしかして、”撮ってはいけないものを撮ってしまったのだろうか...
でもね。なんか、”お地蔵さん”的な素朴な彫像で好感が持てます。
若い神父さんが想うところあって制作したのかもなぁ~って勝手な想像をしつつ、
お手手を併せて”合掌”(なんか根本的に間違っているような)し、その場を後にしました。