Juice=Juice高木問題を“アイドルと恋愛”って個人のレベルで語ることの愚かしさ… | オレンジの園に

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2014年3月、某局で放送された
『55スペシャル』で
“モーニング娘。”に目覚める。
基本的に特定メンバーを
偏愛しないと心に決めているが、
“オレンジ”系には目がない。
2015年9月にライブ初参戦。
このブログは
娘。ライフの備忘録である…

 

アイドルと恋愛を

人間の根源的な権利の問題として語ろうとするのは

まあ、自由っちゃ自由なんだけど、

ことをそう単純化できるほど

アイドルとそのビジネス環境は甘くはないと思うんだよね。

 

実際、

恋愛自由のアイドルユニットとして

カレッジ・コスモスが結成されたこともあった。

その中には当時現役ハローメンバーでもある

カントリー・ガールズ山木梨沙が含まれていたけれど、

結局鳴かず飛ばずで活動休止を余儀なくされている。

つまり、お金を出すであろう人々のニーズに

まったく合致していなかったって証明だ。

 

人気が出なかった理由を

恋愛自由にのみ押し付けるのは

かなり違う気はするけれど、

逆に人気が出る要因には決してならないってのは事実な気がする。

 

高木のケースは

単純な個人の恋愛に押しとどめることができない事象だ。

文春が二の矢三の矢を仕込んでからの記事発表なのは

当然アップフロント側も察知していたことだろう。

純愛で片付けられない事態に追い込まれること必至の状況では

一旦世間から隠してやろうってのは

まさに大人たちの“親心”だったに違いない。

 

それに、

ソロ活動しているわけでもなく

大所帯のメンバーに

それを支える多くのスタッフがいるのだ。

その生活を脅かす可能性がある事態を

簡単に許すわけにはいかないのは当然だろう。

 

そもそもアイドルになろうって子はもてて当然。

(そういう魅力のない子がアイドルを張れるとは思えないし)

そういう子を小学生の頃から預かる会社としては

一律に“ある線”を引くのもやむを得ないと思う。

 

エンターテインメントとしてのアイドルは

興行等々の経済活動の中で初めて存在する。

存続が許されるアイドルとは

きちんと採算ベースに乗っているアイドル。

コンシューマー側のオーダーに

きちんと応えてこそ初めて成立する。

 

個人的な権利を前面に出しても需要のあるアイドルが

もし成立するのなら

そういう立場に自らを置けばいい。

少なくともハローでは

それが成立しないんだろうし、

だからこそ認めることができないのだろう。

 

これからもハローというコンテンツを

ファンが楽しむためにも

必要な“粛清”だったと思うんだけどね。

 

個人的には

商品としての自分の価値を

毀損しない“細心さ”を持っていれば

ファンのあずかり知らないところで

何をしようとご自由にとは思っているのだが。