インドア人間と海 文責:飯尾 | オフワンズBLOG

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初めまして
僕達は『舞台、映像、楽曲等のジャンルを問わない創作活動を行うクリエイティブ集団』として活動しています

僕は割と海に近いところに産まれた。

 

 

だから幼少期の印象的な思い出といえば浜辺で遊んでいる記憶。

 

それとせっかく来たディズニーランドで帰りたいと泣く自分の姿である。

 

 

 

僕は小さい時からインドアだった。

 

幼稚園の時も休み時間に女の子と教室で遊んでいる子だったらしいし、留守番をさせてくれなかったから車で買い物に連れて行かれた時なんかはずっと駐車場の車内で家から持ってきた漫画を読んでいた。

 

思えば中々の体重で産まれてきた事も限界まで引きこもっていた結果なのではないかと思う。

 

 

 

けれど不思議と海で泣きわめいていた記憶はない。

 

記憶力がないので昔のことはほとんど思い出せないが、子供用のおもちゃみたいな熊手でおじいちゃんと一緒に貝を探していた記憶がある。

 

その時使っていた赤いバケツには恐らく僕の名前であろう名前が汚い字で書いてあって、「あぁ俺はこの時から字が汚いんだな」と見るたびに思う。

 

 

もう亡くなってしまったが、そのおじいちゃんは所謂「昔の男」といった厳しい人であまり得意な人ではなかった。

 

けれどおじいちゃんと二人で集めたおっきくてきれいな貝殻を入れた瓶が今でも部屋にあって、それを見ると亡くなる前にした海外旅行であんなに怖かったおじいちゃんが座った車椅子を押した、あの悲しい重さを思い出して泣けてくる。

 

 

 

高校になると海で打ち上げ代わりに花火をしたり、友達とただ駄弁りに言ったりと海はいつも側にあった。

 

免許を取って実家の車を乗れるようになると、とりあえず人と喋りながらドライブする時の目的地には「とりあえず海」とするようになった。

 

海は明確な目的地になるし、降りてちょっと歩くと「帰ろうか」となるからだ。

 

 

僕にとって海は特に特別なところではなく「とりあえず」で行くところなのである。

 

それを彼女に理解してもらえずに「女の子と海に行くなんて」と怒られた事もあったが、僕にとってはサイゼリアぐらいの感覚なのだから仕方ない。

 

 

 

 

 

友達と別れた帰りに「このまま車を走らせて一人で海に行こう」と思うときがたまにある。

 

センチになってるのか自分に酔っているのかもしれない。

 

そうしてとりあえず海に着くととりあえず車を出て、とりあえず砂浜を歩くのである。

 

 

 

海は広い。

 

だからといって俺の悩みなんて などとベタなことは考えない。

 

というか特に考えない。

 

 

 

そうして車に帰ると思う。

 

「靴下の中まで砂まみれだな」

 

 

 

 

海に行っても悩みは絶対に解決しない。

 

ただ、家に帰ってシャワーを浴びれば解決できる悩みを、積み上げた古い悩みの手前に一つ増やしてくれる。

 

それってすごく楽なことだ。