人は、なぜ人を傷つけるのか? ~モラハラ・嫌味・攻撃的な人の心の奥にあるもの~ | 恋と仕事の心理学@カウンセリングサービス

人は、なぜ人を傷つけるのか? ~モラハラ・嫌味・攻撃的な人の心の奥にあるもの~

 

 

こんにちは

カウンセリングサービス・カウンセラーの蒲谷芳久です。

いつもありがとうございます✨

毎週金曜日「恋と仕事のライフプロデュース」は、櫻井朱実カウンセラー、朝陽みきカウンセラー、囃子ゆうこカウンセラー、蒲谷芳久の4人でお届けしています。

今週も よろしくお願いいたします。

 

 

今日は、対人関係のご相談でよくある「攻撃的な人の心理」について、少し深いお話をしてみたいと思います。

 

 

タイトル

 

人は、なぜ人を傷つけるのか?

 

~モラハラ・嫌味・攻撃的な人の心の奥にあるもの~

 

 

カウンセリングを続けていると、ときどき考えることがあります。

 

なぜ人は、相手を攻撃したり、嫌なことを言ったり、傷つけるような態度を取ってしまうのでしょう。

 

もちろん理由は一つではないと思います。

 

 

でも、たくさんの方のお話を伺ってきた中で、私は一つのところへ行き着くような気がしています。

 

それは、とてもシンプルなことです。

 

ひとことで言ってしまうと、 人は結局、「寂しい」のではないでしょうか。

 

もちろん、その寂しさはさまざまな形をしています。

 

孤独や不安、誰にも分かってもらえないという感覚が、人を攻撃へ向かわせることがあると思うのです。

 

 

もちろん、大人ですから、そんなことは簡単には口にできません。

 

「寂しいです」

 

「一人にしないでください」

 

「誰か分かってください」

 

そう言えたら苦労はしません。

 

だから私たちは、それを別の形で表現してしまうのです。

 

 

嫌味のようなことをチクリと言ったり。

 

責める言葉になったり。

 

しつこく連絡してしまったり。

 

あるいは、逆に冷たく突き放してしまったり。

 

一見すると、その行動はとても迷惑に見えるかもしれません。

 

でも、その心の奥を丁寧に見ていくと、

 

「私を一人にしないで。」

 

そんな声が聞こえてくることがあります。

 

 

ところが私たちは、つい言ってしまいます。

 

「しっかりしなよ。」

 

「もう大人なんだから。」

 

「自分で何とかしないと。」

 

言葉にしなくても、心の中でそう思ってしまうこともあるでしょう。

 

もちろん悪気はありません。

 

励ましているつもりなのです。

 

けれど、人の心というのは、とても繊細です。

 

表面では、

 

「そうですね。」

 

「分かりました。」

 

と答えていても、 その奥では、小さく傷ついていることがあります。

 

 

あるいは、昔の傷が静かに疼き始めていることもあります。

 

そういう場面を、私は何度も見てきました。

 

すると、その傷ついた心は、自分を責め始めたり、逆に誰かを攻撃し始めたりすることがあります。

 

自分を責め続けている心は、ときに周囲への嫌味や不機嫌、皮肉といった形で表れてしまうこともあるのですね。

 

だから、その姿だけを見ると、

 

「なんであんなことをするんだろう。」

 

と思ってしまいます。

 

でも、本当に見なければいけないのは、その奥にある心なのかもしれません。

 

 

心理学やスピリチュアルの世界では、

 

「攻撃とは助けを求める声である」

 

という考え方があります。

 

私は、この言葉はとても大切だと思っています。

 

 

ただ、多くの人が誤解しやすいところがあります。

 

「助けを求める声」と聞くと、

 

何か問題を解決してほしいとか、

 

お金を貸してほしいとか、

 

何かをしてほしいという意味に聞こえてしまいます。

 

もちろん、そういう場合もあるでしょう。

 

でも、本当に求めているものは、

 

モノではなく、「分かってもらえた」という安心感なのかもしれません。

 

 

それは例えば、

 

「私を一人にしないで。」

 

「見捨てないで。」

 

「嫌いにならないで。」

 

そんな、せつない願いなのではないでしょうか。

 

 

本当は、「寂しい」「助けて」と言えたらいいのです。

 

でも、それを口にすることは、とても勇気がいることでしょう。

 

弱さを見せれば、傷つくかもしれない。

 

拒絶されたら、もっと傷つくかもしれない。

 

だから人は、助けを求める代わりに、怒りという鎧を身につけてしまうことがあるのですね。

 

 

その怒りは、ときに「相手を傷つける」という形で表に現れます。

 

嫌がらせをしたり。

 

相手を責めたり。

 

執拗に関わろうとしたり。

 

あるいは、怒りという形でしか近づけなかったり。

 

 

もちろん、それを許しましょうという話ではありません。

 

嫌なことをされたら距離を置くことも必要です。

 

自分を守ることも、とても大切です。

 

でも、その人の心の奥では何が起きているのだろうと、一度立ち止まって考えてみると、人間というものが少し違って見えてきます。

 

 

そして、もう一つ思うことがあります。

 

実は、私たち自身も気づかないうちに、

 

「こっちへ来ないで。」

 

「私はあなたとは関わりたくありません。」

 

そんなメッセージを相手へ送ってしまうことがあります。

 

もちろん、攻撃しているつもりはありません。

 

ただ少し距離を取りたいだけなのです。

 

 

でも、受け取る側からすると、

 

「見捨てられた。」

 

「嫌われた。」

 

「私は必要とされていない。」

 

そう感じてしまうことがあるのです。

 

そうすると、その孤独や不安はさらに強くなります。

 

そして、さらなる助けを求める行動(嫌がらせや攻撃的な言動)へとつながっていくのです。

 

 

そう考えると、

 

人間関係のすれ違いというのは、どちらか一方だけの問題ではなく、

 

お互いの寂しさがぶつかり合っている現象なのかもしれませんね。

 

 

私たち人間は、「わかってほしい」という存在です。

 

「一人にしないでほしい」という存在です。

 

その願いを素直に言えないからこそ、

 

怒りや攻撃や嫌がらせという、不器用な形で表現してしまうことがあります。

 

そこで少し心のスペースを広げて、

 

人を傷つける行為そのものだけを見るのではなく、その奥にある「寂しさ」にも目を向けてみる。

 

そのほうが、人間という存在を、少し優しく理解できるような気がするのです。

 

 

本日は以上となります。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

あなたの新しい一歩を心より応援しています✨

 

蒲谷芳久

 

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次週の金曜日は「囃子ゆうこカウンセラー」の担当となります。

どうぞお楽しみに✨