(1)からの続きです。
((1)はこちら)
家でゴロゴロしてしまった日に、一日の終わりに
「今日を精一杯生きられなかったのではないか」という罪悪感にやられて落ち込んでしまう私。
休めたからよかったんだ、と思いたくても
自分が怠惰だったせいと思い込んで自分を責めてしまう。
その正体を辿っていくと、「後悔したくない」という感情があることに気づいた。
で、後悔する時点のことを思ってみると、
「後悔する」主語はといえばつまりそれは「未来の自分」ということになる。
じゃあ。
その「後悔するであろう未来の自分」に聞いてみよう、と思いまして。
設定は・・・そうねえ。
80歳の自分はまだ活発に動いていそう。
だったらもう少し歳をとった自分・・・95歳くらいかな?
で、目をつぶって95歳の自分を思い浮かべる・・・
割に穏やかな感じじゃないの!(よかったー
で、聞いてみたの。
いまね、2025年の私がね、
一日ソファでゴロゴロしてしまって、
時間を無駄に過ごしてしまったんじゃないかって心配してるの。
未来のあなたからみて、どう思う?
って。
そしたら、なんとその95歳の自分が言うのですよ。
「その一日、全然無駄じゃないわよ^^。後悔もしてない。
だって、あなたそんな時でも
今日を生き切ることができたかどうか、一生懸命検証してるじゃないの。
何も行動できなかった、って言ってるけど、
あなたは心の中で、すごく活動してるじゃないの。
そして、それはあなたにとって必要な時間だったのよ」
って言ったんです。
同じようなことを、私はずっと姉ちゃんに言われてきてたんですけど、
全然受け入れられてなかったのだけど。
95歳の自分に言われたとき、
ものすごくストン、と自分の中に落ちた感覚があったんですよ。
「必要な時間だったのよ」
っていうフレーズが特に。
でもこれ、きっと今という時間にいる誰に言われてもダメだったと思う。
未来の自分が言ったことだったから、スッと心に届いたんだと思うの。
そして、過去の自分を思い返してみると、
数年前に起きられなくて行動できない自分を悔しく思っていたあの日々を、
ああ、そうだ、私全然後悔してないわー、って思えたんです。
なんなら、そんな自分を愛おしくさえ思える。
(過去の自分にとっては、今の自分が「未来の自分」ですからねー。)
そしたら、じわーっと涙が出てきて。
ものすごく癒された感じがしたんです。
そして、
ああ、今日、休んでいたいと思う自分を休ませられたことは
そうしたいと思った自分を大事にできたってことだよな、って思えたの。
素晴らしい現実を生きているんだわ、自分、って思えた。
その時、あ、これは
これからの自分、変わっていけそうだ、って思ったんですよね。
もちろん、これまでの癖みたいなもので
今日もサボっちゃった!って思うことはあると思う。
でも、未来の自分を想定して、
この今日という日を無駄に過ごしたと後悔する、っていうのはなくなるだろうと。
そしたらすごく楽になるんじゃないかと思うのね。
きっと私のブログを見ていてくれる人は私と似ている人も多いと思うので、
もし自分を責めちゃうくせのある人は、
未来の自分に会いに行ってみるの、おすすめします◎
余談ですけど、95歳の自分の感じ、思ってみた時に
「あれ、この人まだまだやる気だわ^^;」って思ったのね。
きっと私は死ぬその瞬間までチャレンジを続けていくんだろうな、って思った笑。
とてもとても、地味な気づきではあったけれど
今回のは自分の人生にとってはきっととても意味のある気づきで、
自分という人間がすごく進化できたと思えたので、シェアさせてもらいました。
読んでくださってありがとう^^
先日、夫の息子(夫は再婚なのです)と一緒にごはん食べたときの写真。
夫も感情の感じ方が不得意だけど、息子も同じタイプで笑ってしまったわー。
Instagramぼちぼちやってます😉











