50歳を過ぎると、だんだん人生の答え合わせができるようになってきたと感じる。
テーマの「琴さん」というのは母の名前。早くに他界したので、子育て論を聞いたことはないけれど、その作品が「私」というものだとすれば、私を通して検証してみようかなと。
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子どもの頃は、ほぼ2年ごとに引越しを繰り返していた。
その時に、いつもいつも口を酸っぱくして言われていたのが
「立つ鳥跡を濁さず」
後に引越ししてくる人が気持ちよく生活できるように、とにかくキレイにして出ること。
社宅なんで、お掃除業者が入ったりしないし、次の人も即入居して生活が始まるから、お互い様と言えばそうなんだけど。
掃除だけじゃなくて、出前のとれるお店のリストを作ってあげたりもしていた。
我が家が頼んでいたお店なら、次に入った人が地理に不案内でも、お店の人がちゃんとわかってくれている。
お米屋さん(昔は配達してくれてた)とか近所のお店なんかもリスト化して残してあげていた。
ネットもコンビニもない時代だから、引っ越し荷物を解いてヘトヘトになって料理どころじゃない時、さあご飯をどうする?というのは死活問題。
自分たちも転居先で同じような目に遭うわけで、自分たちがしてもらったら嬉しいことを想像しながら後の人のためを考える、そんな精神を叩き込まれた。
「相手の立場に立って考えてみなさい」
これもホントに口酸っぱく言われていたなぁ。
今私が『マーケティング』を本業としているのは、この思考の訓練のおかげかもなんて思ったり。
でもある時、引越し先で信じられないような光景があった。
私たちは引き払った家をピカピカに磨いて引っ越してきたけど、その先の家はびっくりするぐらい汚れていた。
水回りはくすみ、リビングの壁はなぜか黒い煤のような汚れが全面に。。。。
結局、疲れた体にムチ打って、転居先の壁をペンキで塗ることから始める羽目に。
その時母に思わず聞いた。
「立つ鳥跡を濁さずじゃないの?なんでうちはやってあげるばっかりなの?」
その時、母が悲しそうな顔してたのをすごく覚えてる。
「世の中には残念な人もいる。けれど、神様はちゃんと見てるからね」
よく考えてみれば、社宅なのでそれがどこの誰かはすぐにわかること。
そんな想像力も働かないのであれば、仕事もその程度だろうし、引越しの手伝いに同僚も来てくれなかったのかなと思う。
必ず人生のどこかでしっぺ返しがあっているんだろう。
ちなみに我が家の引越しには、たくさんの父の同僚や部下が手伝いに来てくれていたし、掃除の仕上げはご近所さんたちが手伝ってくれていた。
神様がちゃんと見てくれてるのかもね。