鹿島茂 工作社「室内」連載エッセイ 2004年 その2( 続き) | 鹿島茂の読書日記

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  しかし、この本で一番おもしろいのは、こうした超実際的な語学的トラブル回避法もさることながら、日本人と付き合いたがるフランス男のタイプが分類されている第二部「〃フランス人との恋愛〃必勝マニュアル」である。
 この分類によると、フランスで日本人の女の子に声かけてくるのは、[A]「典型的フランスオトコタイプ」と[B]「日本・日本人オタクタイプ」に二分されるという。
 「A典型的フランスオトコタイプ」はようするに、日本の女の子がイメージするような女好きで、マメで、お洒落で、積極的に女の子にアタックしてくるタイプ。日本や日本人に特に関心も知識もないけれど、たまたま出会った日本人の女の子がかわいて感じが良かったため、好奇心から、深い考えもなくナンパしてくる。このナンパ術はさすがはフランス男で手慣れたものだから、日本人の女の子はコロリとまいるが、その後がたいへんだ。 「このタイプのオトコはあとのことを考えずに行動する傾向があり、相手の気を引いておいて、引っかかったところでいきなり手を離す(そんな悪意はないのだろうが・・・)。日本人女性がまじめにおつき合いをしようという態度を見せれば見せるほど、離れていく」 著者の意見では、この手のフラオ(フランス人オトコの略)は、普通はフランス映画によく出てくるような、「わがままでエゴイトでヒステリックなフランス人女性」が好きだから、たまにこうしたフランス女に振り回されてズタズタボロボロになったとき、「癒し」の必要から日本人に手を出すが、すぐに物足りなくなって捨ててしまう。
 いっぽう、[B]「日本・日本人オタクタイプ」は、アニメ、まんが、ゲーム、柔道、空手などの日本の文化に興味を持ち、日本人の女の子に興味を抱いている。彼らの日本人の女の子に対するイメージはかなりステレオタイプで、優しい、尽くしてくれる、慎み深い、気がきく、料理がうまいなどで、いささか紋切り型の古めかしい情報に依っている。
 しかも、このタイプはオタクの特性として、女の子に対して消極的で、気も弱い。「フランス人女性に相手にされず、優しい日本人女性に希望の光を見いだす」
 では、この手のオタクタイプを日本人の女の子はどう判断するかというと、以下の通り。
 「ただしこのタイプには、イケてないオトコが多い。よく〃日本人女性は外国でモテる〃なんて声を耳にするけど、実際、モテたって嬉しくないような男しか近寄ってこないのが現実だったりする。ごく稀にイケてるオトコもいるが、気が強いフランス人女性に相手にされないから、日本人に走るオトコが多いのも事実」
 なんのことはない、オタクは、どこの国籍だろうか、関係なく「モテない」のである。日本人の女性がこの手のオタクに泣かされることは少ないが、「いわゆる色気があって甘~い雰囲気のフラオではない」から、付き合っていても、つまんないのである。
 そこにあるのは、日本人とフランス人という違いではなく、女あしらいのうまいモテ男と、女よりもモノを好むオタクというグローバルな差異なのである。
 このグローバルな差異を見事に描き切ったのが、私がこのあいだフランスで見つけてきたカレスニコという漫画家の『通販花嫁 Mariee par Correspondance』。 どうやら、 作者はフランス人ではなく、アメリカ西海岸に住むカナダ人(?)のようだが、フランスでそのほとんどが翻訳されているところを見ると、問題意識を共有しているフランス人も少なくないらしい。
 カナダのハンクーバー近郊の小さな田舎町にすむモンティーはアンテーク・オモチャの収集が講じて、オモチャやコミックの店を経営している典型的なオタク。モンティーの願いは、アジアン・ポルノで見たようなアジア系の女の子と結婚すること。自我の強い白人女が嫌いなモンティーはついに決心して、アジアから「通販」で花嫁を紹介する組織「ピンク・ロータス」に入会し、韓国から花嫁Kyung Seo を迎える。 いっぽう、 カナダの白人と結婚するということで、 西欧社会への大きな夢を抱いて空港に現れたキュンは、 モンティーにつれていかれたその店を見て落胆する。 キュンからすれば、まったく意味のないオモチャが雑然と積み上げられた薄気味の悪い倉庫にすぎないからだ。
 田舎町の退屈な日常もキュンの期待を裏切る。 小汚いガキ相手の商売はさておき、 町のレストランに出掛けても、 そこにいるのは年寄りばかり。 モンティーは同年配の男女は、 高校でイジメにあった記憶が強いため大嫌いだと告白する。
  モンティーにとってキュンといる時間は至福であり、 「愛しているよ、 大好きだ」を連発して、キュンも自分と同じくらい幸せだと思い込む。キュンが韓国から持ってきたチマ・チョゴリを捨てようとしているのを見ると、「スバラシイ!」連発し、チマ・チョゴリ姿のキュンに激しく欲情する。
 そんな日常に倦んでいたキュンの前にある日、山の上の芸術家コロニーに住むカナダ生まれの女性韓国人カメラマンが現れ、「鉄と女」と題する写真を撮りたいのでヌードのモデルになってくれないかと誘う。退屈から抜け出したいと願っていたキュンはこの申し出にOKを出すが、写真展を見たモンティーは激怒し・・・。
 最後は、モンティーのことを「卑怯者」とののしっていたキュンが、モンティーから「自分のほうこそ韓国人であるというアイデンティティを消そうとしている卑怯者じゃないかと」反論され、愕然として、元の鞘に収まるというところで終わる。 
 なかなか、考えさせられる漫画ではないか。
 日本発のオタク文化は、それまで潜在的なレベルに止まっていた世界中の男のオタク性を顕在化させ、日本人を初めとするアジアの娘たちへの関心を引き起こしたが、アジアの娘たちは、だからといって「白いオタク」が好きになるわけではないのだ。
 オタクはどこにいっても救われない。この悲しい現実に、日本の元祖オタクは安堵すべきなのか、それとも慄然とすべきなのか。問題がグローバル化していることだけは確かなようである。
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