鹿島茂 工作社「室内」連載エッセイ 2004年 その1 | 鹿島茂の読書日記

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鹿島茂公式ブログ。未来過去、読んだ書籍の書評をあげていく予定です。

 新刊書店でめったに見ない棚の一つに語学書のコーナーがある。一応、大学ではフランス語を教えてはいるが、いまさら英語をやってもはじまらないし、新しい語学にチャレンジする気力もない。専門のフランス語についていえば、日本で発行されてフランス語学書はほとんどが初級だから、フランス語の棚も見る必要がないのだ。
 ところが、先日、なにかの拍子で語学書の棚の前にたったら、情報センター出版局というところから出ている「旅の指さし会話長シリーズ」のバリエーションの一つ「恋する指さし会話長」の『フランス語編』(平澤麻理・西川薫著)というのが目にとまった。
 ようするに、フランス人の男と恋してしまった日本人の女の子が落いりやすい語学的トラブルに対するお助け本の一つであるのだが、きれいごとをいっさい排したその実践的な編集態度がまことに気持ちよく、いたく感心してしまった。これぞ便利本。フランスに行く女の子は必携である。
 たとえば、「エッチのトラブル」の章では、コンドームと「中出し」を巡る双方の言い分が日仏両国語でこんなふうにつづられている。
 「(日女)コンドーム持ってる?Tu as un preservatif?」「(仏男)いや、なんで?Non, pourquoi?」「(日女)なんでってどういう意味???Comment ,pourquoi???」「(仏男)大丈夫だよ。中出ししないから。Ne t'inquietes pas. Je vais me retirer」 
  ちなみに、 この(仏男)の最後にある「me retirer」とは、直訳すれば「(途中)で抜く)」ということである。 では「中出しする」というのはフランス語でなんというかというと、それは前のページの「ベッドにて」という章の用語編に「中出し jouir en toi」とちゃんと出ているから、 女の子は、 「中出ししないでね Ne jouie pas en moi」 というようにきちんと拒否することができるというわけだ。 すると、たいていのフランス男は「ピル飲んでないの? Tu ne prends pas la pillule?」と逆に尋ねるらしい。
 このピルという言葉には、文化的な背景からする詳しい注がついている。すなわち、フランスでは、女性はセックス年齢に達するとピルを飲むことが常識になっている。いっぽう、日本ではピルの普及はいまだしだからここにトラブルが発生する確率がきわめて高い。 
 
「フランス人の男性は、どこの国であろうと女性はピルを飲んでいると思いこんでいることが多く、そのため、セックスしているとき、何の了解も得ずに〃中出し〃する人がいるのだ。そういうことは、たいてい語学力が足りずに意志疎通ができていない人たちの間で起きる。『えっ、今、もしかして・・・!!!』と気づいたときには、もう遅い。聞き返す語学力も、非難する語学力もない。だから相手は、コトの重大さすらわからないことが多い。(中略)なんせ言葉がわからないから、『中で出していい?』と彼が聞いている意味がわからずに、まさか、そんなことを聞かれているとは思いもよらずに頷いてしまって、こういう一大事になるパターンが多い」  
 なるほど、これぞ国際「草の根交流」におけるトラブルの根源であり、ここを押さえずして、いかなる国際理解もありえぬわけだ。
 
  
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