知っておきたい50年の経済史(2) | 尾張エクセルの「日々精進ブログ」

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日経新聞朝刊の「プラス1」に掲載された「知っておきたい50年の経済史」からの
加筆引用である。今回は1990年代」を取り上げる。
 
【1992年】鄧小平氏「南巡講話」~中共経済飛躍の契機に
当時の中共の最高指導者;鄧小平氏が、広東省など中共南部を視察して、「改革開放」
の再始動を促す「南巡講話」を実施した。
中共を経済大国に押し上げる改革・開放路線の実現につながった。
イデオロギー対立から、経済メリット享受へと大きな方針転換であって、中共が経済
大国になっていく端緒となった。
 
【1993年】欧州連合(EU)誕生~後の英国離脱で綻びも
欧州においては、第2次世界大戦への反省から「欧州鉄鋼共同体(ECC)」を経て
「欧州共同体(EC)が作られ、統合をより強めた「欧州連合(EU)」に繋がった。
温暖化対策など国際的な基準作りに欧州の意見が反映されやすくなった一方で、移民
対策などに不満を持つ英国が国民投票を経て、2020年末には完全離脱するなどの
綻びもみられる。
 
【1995年】プラザ合意~大幅な円高に
東西冷戦の末期に、軍事費膨張などで米国は莫大な貿易赤字と財政赤字を抱えた。
行き過ぎた高金利・ドル高を是正するために、先進5か国は対米ドルで一律に通貨を
切り上げるプラザ合意を結んだ。
プラザ合意前に1$=240円台であった円相場が、1986年には1$=150円
代へと急激な円高が進んで、生産拠点を海外に移転する日本企業が相次いだ。
 
【1996年】金融ビッグバン~政府が実行した大規模な金融制度改革
1996年から2001年度の日本では、大規模な金融制度改革を政府が実行した。
この時期に、従来は 銀行など金融機関を規制してきた「護送船団方式」を崩壊させる
ような大改革が進行し、その後2002年以降には、銀行業・保険業・証券業の業界
の垣根を越えて、各代理業解禁など大規模な規制緩和が行われた。これらは、時期を
分けて、1996年から2001年度までは「第1次金融ビッグバン」(橋本内閣),
2002年度以降は「第2次金融ビッグバン」(小泉内閣)と分けて指すことも。
1996年11月、第2次橋本内閣が初めて「金融ビッグバン」を提唱する。橋本龍太郎
首相はこの「金融ビッグバン」を橋本内閣の六つの改革の1つに位置づけ、金融制度
改革を2001年までに行なうことを表明。改革案の柱として、フリー(市場原理が
機能する自由な市場)、フェアー(透明で公正な市場)、グローバル(国際的で時代
を先取りする市場)の3つの原則を掲げた。
2001年6月、第1次小泉内閣でもこの「金融ビッグバン」の流れを継承し、小泉
純一郎首相は「骨太の方針」の中で「貯蓄から投資へ」を初めてスローガンに掲げた。
2003年からは、個人投資家の株式と、株式投資信託の売却益や配当・分配金に対
する税率を20%から10%に引き下げる証券優遇税制を実施した。
1986年に英国のロンドン証券取引所で行われたマーガレット・サッチャー首相に
よる証券制度改革が「ビッグバン (金融市場)」と呼ばれたことにちなみ、「日本版
ビッグバン」は、1997年の新語・流行語大賞トップテンとなった。
 
【1997年】アジア通貨危機
1997年7月よりタイを中心に始まった、アジア各国の急激な通貨下落(減価)現
象である。東アジア,東南アジアの各国経済に大きな悪影響を及ぼした。このアジア
の通貨下落は米ドルの継続的な上昇,ヘッジファンドなど機関投資家による通貨の空
売り、或いはタイ政府による外貨不足に対応するための自国通貨の変動相場化、各国
政府の外貨準備不足など複数の背景や原因があるとされる。
これによってタイ・インドネシア・韓国は、その経済に大きな打撃を受けIMF管理に
入った。マレーシア・フィリピン・香港はある程度の打撃を被った。中国大陸と台湾
には直接の影響はなかったものの、前述の国々から間接的な影響を受けた。
日本に関しては、融資の焦げ付きが多発した。また緊縮財政と 1997(平成9)年
4月の消費税増税のタイミングが重なった結果、同年と1998(平成10)年にお
ける金融危機の原因の一つとなった。そして1998(平成10)年9月の日本銀行
政策金利引き下げや、10月7~8日の日本円急騰(2日間で20円の急騰)、10
月23日に日本長期信用銀行の破綻と国有化、12月13日に日本債券信用銀行の国
有化へと繋がる一連の金融不安の遠因となった。
また、新興国における通貨不安はアジアに留まらずに、1998年8月17日からの
ロシア通貨危機、1999年1月ブラジル通貨危機など、その他の経済圏でも同様の
混乱を招いた。
ただし、1998年からの経済回復は迅速であり、金融システムの崩壊などは起こら
なかった。