通訳者の立ち位置 立教大学名誉教授 鳥飼玖美子 | 尾張エクセルの「日々精進ブログ」

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小生が愛読する日経新聞の4月2日付けの夕刊一面のコラム「あすへの話題」に掲載
された「立教大学名誉教授; 鳥飼玖美子氏の『通訳者の立ち位置』」には、なかなか
興味をひかれたので、一部加筆の上で紹介する。
大谷翔平選手の専属通訳者についての報道に、通訳者の立ち位置の難しさを思う。
プロ通訳者の基本は、中立な立場で異言語間の訳出に徹すること。いくら頼まれても
他の業務は兼ねないし、通訳者が「私」と言ったら自分自身ではなくて 発言者を指す
くらい、自分を封印する。
専属通訳者であっても同様のはずだが、野球の世界では 状況が異なるようだ。特に、
水原一平氏は通訳だけでなくマネージャー的な役割も担い、周囲は 2人の関係を親友
だと誤解したように見える。
肝心の大谷選手を差し置いて、本人に確認すべき事を通訳者と交渉したり処理したり、
通訳者は情報の全てを握る立場になったと思われる。通訳者には;通訳業務を通して
知り得た情報は他に漏らさないという守秘義務もあるが、大谷選手と通訳者の存在は
渾然(こんぜん)一体となっていた。
「便利屋」としてあれもこれもやってあげて感謝されていた一方で、肝心の通訳では、
正確な訳出には必須のメモ取りをせず、もとの発言にないことまで英語にしたことも
あり、それが巧みな通訳だと称賛されたが、本来は、肝心の発言者を越えて 通訳者が
脚光を浴びてはならない。
いわんや、代わりに判断をしたり 決定をしたりしてはならない。通訳者は、あくまで
黒衣(くろこ)として、コミュニケーションを仲介するのが役目である。
それでも、他人の言葉を自分の言葉として語るのは、やっぱり苦しい。でも、その苦
しさに耐えられなくなったら通訳をしてはならないと私は考え、自分の唄を歌いたく
なった時点で通訳業から離れて、研究職に転じた。