遅くなりましたが、2022年明けましておめでとうございます。

 

唯一の兄弟である妹は、58歳になりました。人生は、早いですね。

そういえば、母は58歳で宅建の資格を取り、いまだに元気で会社の代表をしています。もうすぐ88歳になります。

僕も悔いのない人生にするために、あと最低20年は頑張りたいものです。

 

出来る事は、限られているので、やりたいこと、やり残したことに取り組みしています。

18歳の時に、家出して上京してから波乱の人生がスタートしましたが、僕を眠りから目覚めさせ、生きる勇気を与えてくれたのは、数多くの天才達の著作に触れたことでした。もちろんすべて理解できた訳ではありませんが、直感的にその意味を知り、凄いことが書かれていることを感じとりました。

浪人中は、受験勉強よりも、天才達の本を読むことに没頭していました。100冊以上の読書経歴が記録されていました。面白く、飽きることはありませんでした。

 

新聞配達の会社が提供した劣悪な寮から、2畳半の食事付の学生寮に引っ越しましたが、壁がベニヤで、作り付けの机が隣の人がよしかかると動いてしまうような、恐ろしい部屋でした。しかも隣に住む浪人生は、勉強もしないで音楽ばかり聴き、僕を新宿のディスコにしつこく誘うので、一度つきあわされました。高校時代は、3年間連続してワースト10に入るような劣等生でしたが、読書をするだけで、英語と国語の成績が劇的に上昇していました。選択科目は、現役時代は得意の数学で受験して失敗したので、日本史に変更しましたが、暗記が苦手で駄目でした。

しかしながら、受験した六大学のW大、M大、H大3校に全て合格していました。滑り止めは考えていませんでした。

 

自分は、中学生時代に、数学は常に満点をとり、学校の先生から知能指数が高いと言われて、その気になりあまり勉強をしませんでした。

クイズは大好物で、当時はやった多湖輝の「頭の体操」では、ほとんど全問正解できたシリーズもありました。また家庭では、夫婦喧嘩が絶えなくなり、家を出て友達の家に行くことが多くなりました。高校は地方の中堅の普通高校に進学しましたが、休みがちで、ある日登校したら、模擬試験をしていて驚いたり、自分の席がなくなっていたこともありました。人生でも最悪の時期でした。

 

上京してから東京は、僕にとっては、刺激的な街でした。大学生活もエンジョイできました。先輩や先生にも恵まれました。のちに亡くなった大学教授の奧さんから連絡が入り、遺言で貴方のことを気にかけていたことが記載されていたと聞いて驚きました。僕が推薦した作家を英語の先生が授業で採用した方もいましたし、複数の先生が、何故か僕に特別の配慮をしていました。当時テレビでも人気だった売り出し中の先生は、僕のことを天才であると言っていました。実際に信じられないことですが、当時は霊的な現象も見ることができて、同級生が試験にどこが出るか尋ねてきて、その結果全て的中するので、評判になっていました。

 

そんな過去を持っていたのですが、初めて女性と本格的に交際するようになってから、何故か急に特別な能力が消えていきました。むしろ頭が働かなくなり、馬鹿になっていきました。そして流れるままに運命の進むままに40年間、なんとか生きてきて、現在に至るのです。

 

実際、その後ろくに読書をしたことがありませんでした。本を読むことも苦痛なのです。村上春樹を少し試しましたが、やはり小説は全く駄目で、興味があるドキュメンタリ―などのノンフィクションに関わるものを僅かに手にするだけでした。

 

妻も母も読書家で、常に図書館で本を借りて読んでいます。これからは、僕も人生を豊かに感じ、脳を再び活性化するために、かって読んだ天才達の作品に触れたいと考えています。

 

この2年間、無理して建築系の学校へ通いましたが、建築家だけでなく、大工さんもあきらかに天才だと感じました。昨日は、お世話になった恩師の作品を見るために、山梨県北杜市を訪ねましたが、実物の家を見て改めて驚き、この先生も明らかな天才であることを確信しました。世界や日本の著名な建築物を見るにつけ、宇宙人が考えて作ったとしか思えないこともありますよね。

 

世の中が段々と矮小化してきて、政治家も、経営者も、労働組合幹部も、凡庸なつまらない人が権力を握ってしまっている気がします。

つまらない誤解やくだらない暴言を吐く人は、まず天才たちが語っている言葉に耳を傾け理解することを強く願います。彼らは、明らかに未来も予言していたし、実際にその通りに歴史も動いてきたのかもしれません。

 

2022年の年頭を記念して、自分自身も長く眠っていた「天才」的な部分を蘇らせるような努力をしていきたと決意しています。

そして、積極的に天才的な人達のパーティーにも参加して、そのオーラを味わっていこうと考えています。