2019年5月10日(金) 

担当:シスメックス 嶋田

Nゼミ 

「資本主義と自由」

ミルトン・フルードマン

 

(人物紹介)

(英: Milton Friedman、1912年7月31日 - 2006年11月16日)は、アメリカ合衆国の経済学者。古典派経済学とマネタリズム、市場原理主義・金融資本主義を主張しケインズ的総需要管理政策を批判した。ケインズ経済学からの転向者。共和党支持者。

1976年、ノーベル経済学賞受賞。

レーガン大統領やサッチャー首相の経済政策の論理的支柱となった。リバタリアニズムが根底にある。

「資本主義と自由」では、農業補助金、関税、最低賃金、企業に対する規制、政府による電波割り当て、公的年金、職業免許、平時の徴兵制、住宅補助金、国立公園、有料道路の廃止を訴える一方、教育バウチャーや郵政民営化、負の所得税を支持。義務教育に反対する一方、ドラッグや売春の自由化に賛同。

 

 

第一章 「経済的自由と政治的自由」

 

ページ37, 1行目~

政治と経済は別物であって、両者はほとんど関係がないと考えられている。この考え方に従えば、個人の自由は政治の問題であり、物質的幸福は経済の問題となる。また、どんな政治体制であっても、組み合わせる経済体制は自由に選べるという。(中略)

そういった考えが幻想にすぎないこと、経済と政治には密接な関係があり、政治体制と経済体制の可能な組み合わせは限られていることを説く。

 

ページ38, 3行目~

自由な社会を目指すうえで、経済は二つの役割を演じる。まず経済体制の自由は広義の自由の一構成要素であるから、経済上の自由それ自体が一つの目的となる。と同時に、経済的自由は政治的自由を実現するために欠かせない手段である。

 

ページ40, 5行目~

政治面の自由を実現する手段として経済体制が重要な意味を持つのは、権力の集中と分散に影響を及ぼすからである。経済面の自由をただちに実現するような経済体制、すなわち競争資本主義は、政治面の自由をも促す。なぜなら経済の力を政治権力から切り離し、それでもって政治権力を抑制できるからだ。

 

ページ42, 7行目~

土地や生産手段を国家が管理する集産主義や社会主義へと向かう流れが、二つの世界大戦を経てどの国でも一気に加速した。英国も例外ではない。民主主義国家で、自由よりも福祉が重視されるようになったのである。(中略)この風潮が個人の自由を脅しかねないと気づき、経済の国家統制に繋がる「隷従への道」を突き進むことを恐れた。

 

ページ44, 10行目~

自由主義者が究極の目的とするのは、個人の自由であり、これはおそらくは家族の自由である。この自由を基準に、自由主義者は社会制度の良し悪しを判断する。

 

ページ45, 2行目~

倫理はあらゆることについて何をすべきかを語るが、自由は倫理ではないのだ。いやむしろ自由主義者が目指すのは、倫理の問題を個人の判断に委ねることである。「ほんとうに」重要な倫理問題は、自分の自由をどう行使すべきかということなのである。

 

ページ46, 5行目~

何百万人もが関与する経済活動をうまく調整する方法は、基本的に二つしかない。一つは、強権を発動して上から命令する、軍隊や近代の全体主義国のやり方である。もう一つは、個人が自発的に交換し助け合うやり方である。市場はこちらにあたる。

 

ページ49, 12行目~

だが自由市場が存在するからと言って、決して政府が不要になるわけではない。それどころか「ゲームのルール」を決める議論の場として、また決められたルールを解釈し施行する審判役として、政府は必要不可欠である。ただし市場は、政治の場で決めなければならないことを大幅に減らし、政府が直接ゲームに参加する範囲を最小限に抑える役割を果たす。

 

ページ55, 10行目~

さらに言えば、自由競争社会では資金が得られさえすれば、その先に問題はない。製紙会社は、保守系のウォールストリート・ジャーナル紙にも共産党系のデーリー・ワーカー紙にも喜んで紙を売ってくれる。

 

ページ58, 10行目~

ある人が、共産主義はあらゆる自由を破壊すると考えたとしよう(私がそうだ)。その人は、断固としてこの主義に反対するだろう。しかし同時にその人は、共産主義を信じたとか広めたというだけの理由から、共産主義者が他の人と自発的な取引を禁じられるのは耐えがたいとも考えるはずだ。

 

ページ60, 14行目~

人格を持たない市場は経済活動を政治的意見から切り離すこと、そして経済活動において、政治的意見や皮膚の色など生産性とは無関係な理由による差別を排除することが分かる。

 

 

 

 

 

第二章 「自由社会における政府の役割」

 

ページ67, 5行目~

市場を通じた個人の行動に万事をゆだねることはできないし、国家に予算や資源の一部をこの種の問題に割り当てるなら、どう割り当てるかは政治の場で調整せざるを得ない。

 

ルールの決定と審判

 

ページ70, 3行目~

市民同士のやり取りに関する決まり、決まりの解釈を巡って対立したときに仲裁する手段、決まりを守らせる仕組みを市民が認めなければ、社会はうまくいかない。

 

ページ73, 10行目~

自発的な交換を通じた経済活動では、政府がそのための下地を整えることが前提となる。

具他的には、法と秩序を維持し個人を他者の強制から保護する。自発的に結ばれた契約が履行される環境を整える、財産権を明確に定義し解釈し行使を保障する、通貨制度の枠組みを用意することが、政府の役割となる。

 

結論

 

ページ85, 10行目~

法と秩序を維持する、財産権を明確に定める、財産権を含む経済のルールを修正できるようにする、ルールの解釈を巡る紛争を仲裁する、契約が確実に履行される環境を整える、競争を促す、通貨制度の枠組みを用意する、技術的独占に歯止めをかける、政府の介入が妥当と広く認められるほど重大な外部効果に対処する、狂人や子供など責任能力のないものを慈善事業や家族に代わって保護する

 

ページ85, 8行目~

現在アメリカで政府が行っている事業の中から、これまでに述べた原則に照らすと政府がやる理由はないものを挙げておくことにする。

 

①農産物の買い取り保証価格制度

②輸入関税または輸出制限

③産出制限

④家賃統制、全面的な物価・賃金統制

⑤法定の最低賃金や価格上限

⑥細部にわたる産業規制

⑦連邦通信委員会によるラジオとテレビの規制

⑧現行の社会保障制度、特に老齢・退職年金制度

⑨事業・職業免許制度

⑩いわゆる公営住宅および住宅建設を奨励するための補助金

⑪平時の徴兵制

⑫国立公園

⑬営利目的での郵便事業の法的禁止

⑭公有公営の有料道路

 

 

参考)「私、鉛筆は」 https://www.youtube.com/watch?v=U3W2v7LN-88

 

 

第六章 「教育における政府の役割」

 

ページ171, 3行目~

学校教育がなぜこのような特別扱いをされているのか、とくに注意を払われることはない。その結果として、政府の守備範囲が無節操に広がっている。

 

ページ171, 6行目~

教育への政府の介入は次の二つの根拠から正当化できる。(外部効果と温情的配慮)

 

基礎教育

 

ページ172, 11行目~

民主的で安定した社会を実現するためには、市民が最低限の読み書き算術を身につけること、共通の価値観が広く根付くことが必要である。教育はこの両方に寄与する。となれば、子供の教育は子供と親だけに利益をもたらすのではなく、社会の他の人々をも利するといっていい。(外部効果)

 

ページ174, 11行目~

政府が学校教育の運営費用の全部または大半を賄っている。このような状況で所得水準が上がれば、税収が増え予算が膨らむという具合に資金循環は一段と拡大し、それに伴って政府の役割が拡大することになる。

 

ページ176, 16行目~

どんな形の教育が最も大きな社会的利益をもたらすか、また社会の限られた資源をどの程度教育に割り当てるべきかは、社会の判断にゆだねなければならない。社会の判断とは、その社会で認められた立法の場での結論として表れるものである。

 

ページ177, 11行目~

政府は最低限の学校教育を義務付けたうえで、子供一人あたりの年間教育費に相当する利用券、すなわち教育バウチャーを両親に支給する。(中略)

そして政府の役割は、学校が最低基準を満たすよう監督することに限る。

 

ページ180, 8行目~

もし、いま政府が投じている学校教育予算を学校でなく両親が利用できるようにし、どこの学校へ通わせてもかまわないようにしたら、需要に応えようとさまざまな学校が登場するだろう。

 

ページ185, 6行目~

市場は個人の好みを満足させるようにできており、いわば効果的な比例代表制を取っているのに対し、政治は多数派に従うことを要求するが、学校予算はその一例といえよう。

 

ページ187,11行目~

現行制度に代えて競争原理が働く制度を導入すれば、優秀な先生に報い有能な人材をよびこめるようになるので、現在の問題点の多くが解決すると期待できる。

 

大学教育

 

ページ192,9行目~

高等教育に政府が補助金を出すこと自体は、若者をよき市民またはよき社会の指導者に育てる手段であるという理由から、妥当といえよう。ただし、純然たる職業訓練に現在投じられている補助金の大部分は正当化できないし、他の理由でも正当化できない。

 

ページ193,5行目~

そうした制度(どんな補助金も個人に与え、その個人が自分で選んだ学校で使える)が採用されれば学校間の競争が激化し、各校の資源は有効活用されるようになる。私立大学は政府に直接援助を求める必要がなくなるので、独立性と多様性を維持でき、公立大学に対抗して実績を伸ばせるようになる。また、補助金を出す目的が厳しく吟味されるという余禄も期待できそうだ。

 

職業教育・専門職教育

 

ページ195,2行目~

このような教育は言わば人的資本への投資であり、機械や建物など物的資本への投資と基本的に同じである。となれば、投資の目的は、人的資本の経済生産性を高めることとなる。この目的が達成されれば、市場経済においては、教育を受けなかった場合より高いリターンを手にするという形で見返りが得られる。

 

ページ197,10行目~

将来の稼ぎ以外に何の保証もないような個人の職業教育に融資するのは、不動産や設備への融資に比べるとかるかに魅力に乏しい。貸し倒れの危険が大きいうえ、利子と元本の回収コストはひどくかさむことになる。

 

ページ202,6行目~

最低基準を満たす応募者全員に、職業教育や専門職教育を受けるための資金を政府機関が貸し付けるか融資を斡旋すればよい。学生は、認定校で使うことを条件に、あらかじめ決められた期間にわたって毎年一定額を受け取る。その見返りとして、将来基礎所得を超える所得があった場合、政府から受け取った1000ドルごとに超過所得の一定比率を毎年政府に返済することに同意する。

 

ページ205,2行目~

いま説明した仕組みを導入すれば、資本は広く活用されるようになり、機会に均等が実現し、所得と富の不平等は減り、人的資源の活用も進むだろう。所得の直接的な再配分は対処療法にすぎず、競争を妨げ、投資意欲を削ぐが、この方法ならば競争を活性化させ、意欲を刺激し、不平等の原因を取り除く効果が期待できる。

以上

 

 

 

Appendix

 

「リバタリアニズム」 渡辺 靖著 中公新書 から

 

・デビッド・フリードマン 子 無政府資本主義 政府の存在そのものを認めない。

 

・パトリ・フリードマン 孫、シーステッド構想

 

・日本では、リバタリアンはアメリカの「保守の一部」とみなされがちだが、湾岸戦争やイラク戦争には反対した。人工妊娠中絶や同性婚についても国家が口をはさむべき事案とは考えていない。レイシズムやナショナリズムは個人を矮小化するドグマとして否定する。

 

・アメリカでは建国以来、自由主義、とりわけ政府による介入を自由への「障壁」とみなすのが主流。

 しかし、30年代以降自由をめぐる政府の役割認識が逆転し、「大きな政府」を容認する進歩派がリベラルと称されるようになった。そこでアメリカ本来の自由主義を取り戻そうとする一派がたどりついたのがリバタリアン。

 

・経済的自由と個人的自由を重視するリバタリアンは、経済的には保守、社会的にはリベラルの性格を有し、共和党、民主党の双方と部分的に交差する。

 

・有権者に占めるリバタリアンの割合は7~22%。有権者層としては無視できない。但し、リバタリアン党に一票を投じるよりは共和、民主に投票し、内側から両党の綱領や候補者に影響をおよぼす戦略。

 

・フリーステート・プロジェクト 「小さな州」への2万人移住を提唱。熱心なリバタリアンが二万人集結すれば、小さな州であれば政治を左右できる。ニューハンプシャー州がターゲット。

 

・インターネットの出現がリバタリアンを増殖?ネット空間はまさに自由だから。

 

・政府の関与度合いでの分類 「無政府資本主義」デビッド・フリードマン→「最小国家主義」ロバート・ノージャック→「古典的自由主義」ミルトン・フリードマン

 

・社会問題の解決手法としては①強制力を有する第三者が統制するヒエラルキー・ソリューション②市場メカニズムを活用するマーケット・ソリューション③当事者間の自発的な協力に依拠するコミュニティ・ソリューションの3つ。リバタリアンの特徴は①を最小化する点。

 

・「弱者に冷たい」「外交・安保観が甘い」と批判されることの多いリバタリアンだが,ベーシック・インカムを支持する者もいれば,イラク戦争を正戦と捉える者,移民の受け入れ制限を説く者もいる。個別具体論になればなるほど,「自由」をめぐる解釈にも幅があるということだ。

 

・リバタリアリズムを体系化したのは、ノージャックの「アナーキー・国家・ユートピア」ロールズ「正義論」への批判的応答。その双方を批判したのがコミュニタリアン(共同体主義者)のマイケル・サンデル「リベラリズムと正義の限界」

 

・リバタリアンの「アイデンティティの政治」の過剰への危惧。人種、民族、LGBTQなどの集合的属性の利害をめぐる相克。ヨーロッパにおける極右勢力やアメリカにおける白人至上主義の台頭などを指し、反資本主義、反自由貿易、反移民、反知性主義の感情と密接に結びついている。これは右派だけの現象ではなく、ポリティカル・コレクトネスを振りかざして異論を封じ込める左派も同罪。

  もう一つの危惧、ポピュリズムの台頭。世論の歓心を買うべく、為政者は然るべき手続きや規則、チェックアンドバランスを素通りする独断的な統治手法に訴え、世論もそれを決断力・実行力のある「強い指導者」の証しとして歓迎ないし甘受する。トランプ現象。

 

・日本でリバタリアニズムのはなしをすると、「市場万能主義」や「弱者切り捨て」と同一視されることが多い。アメリカではそれらに加えて、「ヒッピー」や「裕福な白人」などステレオタイプもある。

 

・自由主義・最小国家・社会的寛容という価値観には共鳴する。

 

 

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