前回の神津カンナさんの文章で思い出した自分の経験を書こうと思ったのだが、経営倫理の研修などで注目されている「ケース・メソッド」の事例として書いてみることにしました。
実話には基づいていますが、ケースとして考えてみてください。
ケース: お客さまの安全は絶対か?
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M電機の設計部長、高村は悩んでいた。
同社の新製品に顧客からのクレームがあったというのだ。
新製品とは、画期的な省エネを実現した蓄熱型給湯器である。
ヒートポンプと呼ばれる技術を利用し、従来の電熱を用いた製品と比較すると、約70%もの省エネになる。
価格的には50万円を超えるが、この省エネ性能から、従来型の蓄熱給湯器からの買換え需要も期待されている製品だ。
クレームを伝えたのは営業二部の山野部長。
量販店向けではなく、工務店と提携して、新築やリフォームの際に電化製品の発注を受け、取り付け作業までを担当する電機店向けの営業を担当している。
量販店の顧客からは伝わってこないような、使用開始後の感想や要望までが伝わってくるところが営業第二部の強みでもある。
今回の顧客からのクレームとは、給湯器の給湯温度のことだった。
最新機種の給湯温度は、最高で60度に設定されている。
蓄熱式なので、タンクの中の湯は、80度以上の高温になっているのだが、やけど防止のためにタンクの中で水と混ぜて給湯器から出て行く時点では60度に下げ、さらに混合水栓で好みの温度に調節する。
顧客からのクレームは、これだと風呂の温度が下がったときに足し湯(※)をしてもすぐに温度が上がらない、また、湯たんぽに湯を入れても温度が低すぎるということだ。
買い替え前の給湯器では快適に使っていたのに、新型に買い換えてかえって不便になるのは納得がいかないという。
※ 深夜温水器利用の風呂はボイラが付いていないので冷めたら高温の湯を足して温度調節をする。これを「足し湯」と呼んでいる。
実は、従来機は80度での給湯が可能だったのだが、うっかり手を出したまま蛇口をひねったり、シャワーに直接当たったりしたときに火傷してしまう可能性がある。実際やけどした人からのクレームがあり、企業としては製造物責任を負わないため、自己防衛として最高給湯温度を60度と設定したのだった。
顧客は、「足し湯をするのにわざわざ水で温度を下げた湯を使うのは資源の無駄遣い。やけどをするのは利用者の不注意。自己責任でいいのではないか。」と主張する。
火傷が心配な人やお年寄りには60度給湯、利便性を重視する人は80度給湯と、選択できるようにしておけばよいのではないか、というのが営業側の山野部長の意見だ。
製品の構造上、水と混ぜて温度調節するのは最後の部分なので、ここをパスすれば80度給湯は可能だ。
M電機の社員行動指針にはこう記載がある。
・ M電機の社員は顧客のニーズに応えるために最善を尽くします。
・ M電機の社員は顧客の安全を守るために最善を尽くします。
さて、高村はどういう判断をすべきだろうか?