その報道の中で
「引退をうまく受け取れられなかった」との言葉を耳にし、切ない気持ちになりました。
スポーツ選手が現役を続けられる時間は限られた時間であり、
その限られた時間を密度濃く過ごすだけに、
渦中の人の行為を決して肯定はしないけれど、その後何を行っても充実感を得にくいという気持ちは想像できます。
そして、その言葉を聞き、思った事がふたつ。
ひとつは、周囲に良きメンターやコーチ、キャリアの支援者が居れば違ったかもしれないということ。
(渦中に居る人が耳を貸したかどうかは分かりませんが(^^;)
人生のある時期、自分の心も体も時間も費やし目標に向かい打ち込んだ人達の視野を広げ、持ち味の転用を一緒に考え、納得できるセカンドキャリアを送れる支援をしてくれる体制が必要だと強く思いました。
以前からその重要性を意識しながら、動きを中途半端に止めていた自分を反省し、支援を求める人に対して私に何が出来るのかを再度考えなくてはという思いに至りました。
もうひとつは、自分自身で人生を長期的な視点で眺め、今をしっかりと生きながらも客観的に捉える必要があること。
職業人生が長期化してきているなか、
スポーツ選手だけでなく私達も
年齢や環境により求められるものは変化していく事を理解するだけでなく、
受け入れていく事とそれに対応していく力が必要だと思います。
また、急に受け入れる事が難しいかもと予想できた時点で、心の準備を始めた方が良いかもしれないですね。
役職や名声を取り去っても
自分自身に誇りを持って生きていくために私達には何が必要なんでしょうか。
歳を重ねる事は、可能性が無くなる事ではないけれど、
可能性を見出だしにくく感じることはあるだろうし、
ピークを過ぎた自分と伸び盛りの世代の対比も目の当たりするなか、
随分前に人生の後半へ突入している私は、
残された人生の時間を何のために
誰のために使うのかにそのヒントはあるように現時点では感じています。
