時は遡ること2020年の春。
ボ氏は羽田に行くか、それとも成田に残るかを考えてた。
行くも地獄、残るも地獄。
どちらを選んでも100%満足出来る選択ではありませんでした。
そんな中、世界に広まりつつあったコロナ。
コロナのお陰で全世界の航空業界が危うい状況に陥りました。(もちろん他業種も同じです)
航空会社は何とか支出を抑えようと必死に策を練りだしました。
私が働いていた会社は従業員を減らすために早期退職者を募集。
これまで見た事もない係数の上乗せ退職金を提示しました。
このまま日本に居ても仕方が無い。
退職金で日本の家のローンを完済してもアメリカで家を一括で買えるお金は残る。(もちろん場所によりますが)
家のローンが無ければ収入が下がってもやって行けるはず。
それならいっそ退職金を貰ってアメリカで一からやり直そう.........と妻と相談して早期退職する事を決めた。
早期退職後は日本で失業給付金を貰いながら約4ヶ月アメリカでの職探しに奔走。
もちろん失業給付金だけでは生活は厳しいので成田空港でバイトもしました。
バイト中に見かけた元同僚達。
向こうもボ氏の存在を知っていたと思うが、気を使っているのかあまり話しかけては来なかった。
「あぁ......俺はもう彼らの仲間じゃないんだ。 俺は選択を間違えたのかな?」
自分で選んだ道とは言え正直辛かったです。
そんな頃、アメリカでの航空整備士募集(エアライン)を見つけ、すぐに応募。
話はとんとん拍子に進み2021年1月からPDXで航空整備士として働く事に決まりました。
給料は日本で働いていた頃の約半分。
それでもこのコロナパンデミックの中、職を得られただけ幸運でした。
そうして家族で成田からオレゴン州PDX近辺に移住。
日本の家のローンを完済した後に余った退職金の1/3を妻と私の老後資金として銀行に預金。
残りの2/3で家を一括購入しました。
二週間ごとに支払われる給料は想定通り多くはありませんでしたが、家のローンが無いので家族4人何とか平凡に暮らす事が出来ました。
そんな生活が続くこと約8ヶ月。
夜勤で疲れて寝ていたボ氏の携帯に電話がかかって来ました。
その時の様子はこちら
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こんな経緯で元居た会社に戻る事に決定。
セニョリティーやオファーされた給料も一からスタートだけど今よりは給料も上がる。
唯一のマイナスは単身赴任をしないといけない事。
それでも行って復職する価値はあると思い、今月初めから単身赴任をスタートしました。
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そして今日で約二週間が経ちました。
明後日の金曜日は給料日。
ボ氏にとってこの仕事で貰う初めての給料。
「給料明細は出てるかな~?」と思い会社のサイトにアクセス。
そしたら給料明細が出ていたので早速見てみた。
。。。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。。
。。。。。。
。。。。
。。。
。。
「あれ? なんか予想していた以上に額が多い.....」
時給がオファー時に提示された額の二倍以上になっていたんです。
「なんで? 間違い? おかしいんじゃない?」
一体何が起こっているのか?
給料を貰い過ぎて後で返すのも嫌なのですぐ会社にコンタクトしました。
担当者に事情を説明すると、この時給額は間違っていないとの回答。
「会社を一旦辞めた後、定められた期間内に、尚且つ同じ職種で再採用された場合は以前のペイスケールをそのまま引き継ぐ」だったんです。(ボ氏はこの事、今日まで知りませんでした。笑)
なので、ボ氏は日本で約20年近い勤務経歴があるので、その年数がアメリカのペイスケールにスライドされてたんです。
これは本当に予想外の嬉しい誤算でした。
知った瞬間、この一年間の疲れがフッと消えました。
「あの時決断して良かった。あの時の選択は間違っていなかったんだ.......」
そう何度も心の中で繰り返し言いました。
不安で悩み続けていたボ氏を「大丈夫。あなたなら出来る」とサポートし続けてくれた妻。
妻の応援とフルサポートがあったからそこここまで来れたんだと思います。
本当に感謝です。
さぁ、がんばるぞ~!
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