さて続きです。

ブログ的にはこちらがメインかもしれませんコインの話です。

 

銀製らせん状品

メソポタミア 前2300年頃

 

貨幣経済誕生以前からも銀はずいぶんと付き合いの長い金属として、コインが誕生していない頃はこうしてコイル状や棒状の銀塊を必要に応じて切り分けて使っていたそうです。

しかし、使い勝手としてはやはり色々と不便なようで、やがて重量を揃えて国家として品質を保証する刻印を打刻したコインの誕生へと繋がっていきます。

 

今回の特別展では古代のギリシアやオリエントのコインに関しては常設展の物を使っているようでした。

最初のコインとして有名なリュディアのエレクトラム貨や銀貨と言った物から初めて、ギリシア・ローマからササン朝辺りまでは特別展が終わった後も見れるかと。

 

リュディアのシグロス銀貨

前6世紀

 

最古の金貨と並んで銀貨として有名ですがこれがですね…。

なんか逆さま…。

向きはこっち!小さくても名品なんだから気を付けて!!

 

気を取り直して続けまして、ギリシア・ローマのコインの話は散々してるので飛ばします。

でもちょっとだけ。オリエント博物館で発掘を行ったシリアの250年頃の砦跡から出土したコインと入れ物の壺。

どうも東方のシリアやエジプトの属州で流通していたテトラドラクマタイプの銀貨みたいですね。

ビロン貨なので状態は良くないです。

 

ササン朝のコインもまあいいでしょうかね。というか小さすぎてコインはスマホだと良い写真が撮れないんですよね。

 

ササン朝は銀器で良い物があったので一枚載せておきましょう。

帝王狩猟文皿

イラン 6-7世紀

 

コインでは後期に消えてしまう髭先端を丸く縛った装飾があるのでササン朝中期辺りかなと思ったらササン朝末期からイスラム時代初期の物でした。

ササン朝というと銀皿が有名なのですが、王朝滅亡後も狩猟図は好まれてこうして作られていたそうです。

 

ササン朝後期で最も有名で数も多いホスロー2世のドラクマ銀貨。

上記の銀皿やシャープールなど初期から中期の銀貨で見られる髭先端の装飾は無くなっています。

 

そういえばササン朝のコインの記事で領土内で銀の産出地が少ないとか書きましたが、それなら銀器や銀貨の銀はどこから来てるのかと思ったらかつてのバクトリアの地であるアフガニスタンに銀の鉱山があり、イスラム時代に入った10世紀頃にも銀を採掘をしていた記録があるとか。

 

イスラム時代のディルハム銀貨いろいろ。

10-13世紀頃

シルクロードはもとより、遥か北方のヴァイキングの財宝からディルハム銀貨が大量に発掘されてるようでユーラシア大陸の隅々まで銀は行き来をしていたのですね。

 

で、そんなこんなでユーラシアでわちゃわちゃしていたら新大陸が発見されてしまうわけですよ。

8リアル銀貨

スペイン 1596年

いわゆるコブ銀貨と呼ばれるやつですね。

 

新大陸のポトシ銀山は石見銀山と並んで銀の二大産地として世界中に交易路を通して流通したとか。

 

近代の銀貨としてフランスのエキュ銀貨やヴィクトリア女王のルピー銀貨とかの展示もありましたけど追刻印の解説としての展示でしたので見た目はあまり良くなかったかと。

 

確かここから先が石見銀山に関する展示として丁銀とか鉱山に関する資料の展示だったと思うので写真はここまで。

4章-5章の展示が撮影不可フロア…?だったような…ちょっと自信無いですけど順路の案内に掲示があったのでこれから行って撮影考えてる方はそちらを見て頂ければと。

 

丁銀は結構な数が展示されておりました。古代ギリシアコイン専門の私でもこの大きさと古色の存在感は惹かれる物がありまして、余裕があれば小判は無理でも銀判か一分銀くらいならなんとか入手できないかなあ…と思わせる特別展でした。

 

最後は貼り忘れていたオリエント博物館らしい展示で終わりにしましょう。

ペクトラル(胸飾)

アナトリア東北部 前8-7世紀

 

ではこんな所で。