朝夕がだいぶ涼しくなりまして、もう夏も終わりですね。
今年も忙しいままでろくに昆虫を見に行けなかったなという気持ちなのですが、毎年秋分の日に行われるインセクトフェアという標本の即売会には久しぶりに行けそうですので、ちょっと息抜きに昆虫を絡めたコインの話でも。
さて、スカラベと言いますと日本には生息していない昆虫なのですが、国内でもファーブル昆虫記で虫好きの方ならば読んだりしてお馴染みの、和名でタマオシコガネやフンコロガシと呼ばれる糞虫ですね。
ファーブル昆虫記のタマオシコガネ。
左からスカラベ・サクレ(ヒジリタマオシコガネ)。スカラベ・ティフォン。オオクビタマオシコガネ。アシナガタマオシコガネ。
ファーブルの時代にスカラベ・サクレからスカラベ・ティフォンが新たに新種記載されたそうで、現在では昆虫記で観察したスカラベはティフォンではないかとされているそうですが、生態はどちらも似ていますし私は何とも判断が付きません。
サクレの方はアフリカや地中海の沿岸部と島嶼。ティフォンはヨーロッパ側の内陸部からアジアへと棲み分けているとの事。
名前の通り自らや幼虫の食料にするために動物の糞で糞玉を作り、後ろ足でコロコロと転がす所からタマオシコガネと呼ばれますが、昆虫記に登場するスカラベ・サクレ(Scarabaeus sacer)は学名で”神聖な甲虫:ヒジリタマオシコガネ”という意味でして、こちらは古代エジプトで太陽や復活・再生の象徴である”ケプリ”として神聖視されていた事からの命名になります。
古代エジプトの人々はスカラベが糞玉を転がすのを太陽の運行に重ね合わせたり、昆虫記で語られているのですが糞玉を土に埋めた後の幼虫の成長期間が丁度月の公転周期と同じになるとの事で、これらの事柄から古代の人はスカラベが土中に埋めた玉から生命を生み出すと考えたようです。有名な王家の谷の遺跡の壁画や副葬品でも太陽の化身であるスカラベを使った物が沢山ありますよね。
GREEK COINSより。
と、前置きが長くなりましたが古代のコインの話を一つ。ギリシアコインにもスカラベを彫った物がありまして、名品コインと呼ばれると必ず取り上げられるであろう希少コインなのですが、シチリア島のアイトナ(エトナ。現カターニア)で発見されたとされる紀元前5世紀頃に作られたテトラドラクマ銀貨。現存一枚でベルギー王立図書館に収蔵されているこちらのコイン、表面はディオニュソスの従者でもあるシレノスの肖像が打たれていますが、その首の下にスカラベが打ち出されています。
ギリシア文明は地中海を挟んで古代エジプト文明とも交流があり、初期のアルカイック時代は先行した文明のエジプトから交易と共に芸術文化も取り入れられた為、初期ギリシアの彫像にはエジプト文化の影響も見られるそうです。
アフリカのタマオシコガネ(Kheper aegyptiorum)
という事で、このコインのスカラベもエジプトの影響を受けてスカラベのデザイン元であろうスカラベ・サクレやアフリカに広く生息するエジプトタマオシコガネ(Kheper aegyptiorum)とその近縁種かと思っていたのですが、ギリシア世界ではシチリアに生息するスカラベ(Thorectes marginatus)が大型で有名だったそうで、どうもこれが元ではないかとされるそうです。コインの作られたシチリア島のご当地スカラベだったみたいです。
と、書いていて昆虫に詳しい方は学名を見て気が付くと思いますが、これスカラベじゃなくてセンチコガネじゃん!(糞虫ではあるのですが糞玉は転がさない。)
実は古代世界では羽の硬い甲虫などは元々みんなスカラベと呼ばれておりまして、有名なヨーロッパミヤマクワガタも農家の害虫コフキコガネもみーんなスカラベ。分類学など考えなくてもよい古代世界の大らかさですね。(古代ローマではミヤマクワガタをルカニアの牛とか鹿の角のスカラベと呼ぶように、種類によって~のスカラベと呼んだようです。)
確かにスカラベは前脚の跗節が無いのですが、上記のコインをよく見ると前脚の跗節があるように見えるのでセンチコガネなのかもしれませんね。
大らかさというと、古代の人はスカラベの生活史や太陽と星座の運行など自然環境を詳しく観察している方もいたようですが、中にはいい加減な人もいたようで、発掘されたお墓の副葬品としてスカラベの代わりに大型のゴミムシダマシを入れてるのを以前に見た事がありました。うーん、神官の方か、はたまたお手伝いの職人か、古代の人もいい加減だなと思ったりしちゃいますね。
パッキングのままで申し訳ありませんがエジプトのゴミムシダマシの仲間(Prionotheca coronata)これをお墓の中に入れられても復活はできません。
ともあれ、エジプトからの影響は多少としてもあるのではないかと思いますし、ギリシア人が独自に自分の土地の昆虫に対応してコインのデザインに取り入れたと考えるとそれもまた素晴らしい事だと思います。
古代世界のスカラベのデザインはちょっと思い浮かぶ限りで私はこのコインしか知らないのですが、近代コインではいくつかスカラベデザインの物を見た事がありますので機会があれば入手してみるのもいいかもしれませんね。
ではこんな所で。





