突然(でもないかな…。)ですがバクトリアのコインが手に入りましたのでその話を。

 

お金無いんじゃなかったの!

 

あっいえ、バクトリアは別腹と言うか…狸の皮算用予算といいますか…。

コインを買ったらお金が無くなっちゃうんですよ不思議ですね!

……

 

バクトリア王国 紀元前170-145年

エウクラティデス1世

テトラドラクマ銀貨

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バクトリア王国というと、ギリシア人の王国という事でグレコ・バクトリアとも呼ばれますが、私は知識が乏しくてちょっと説明するのは難しいのです(詳しくはアジア古代コインさんのブログを見てね!でお茶を濁します…。)

 

ギリシア人国家としての始まりは、アレクサンドロス大王の遠征から多数のギリシア人が入植して、太守(サトラップ)により統治を行い、大王の死後、バクトリアはセレウコス朝の領土として統治を継続していましたが、地中海側で他のヘレニズム国家との戦争が始まった事によりアジアの地は放置され、その隙を突いての独立という形でバクトリア王国が作られます。

謀反という形での独立になりますが、大王の遠征でもアジアの僻地に取り残された兵士達が反乱を起こしてギリシアへの帰還を試みた事もありますし、各地の太守達もギリシアから遠く離れた地で王に蔑ろにされたと思ったらそれぞれの道を考えるのも理解はできますね。

 

その後、セレウコス朝への領土復帰の試みもされましたが、バクトリアは独立を保ち続け、パルティア王国の出現によりギリシア世界からは切り離されつつもインド側への領土拡張も行われ、インド・グリーク朝と呼ばれる国家も作られます。

 

紀元前170-145年頃のグレコ・バクトリアとインド・グリーク

とりあえず書いてみましたけど参考程度で。ソグディアナも入れていますが、おそらく早期に遊牧民の侵入により失われたと思います。インド側もエウクラティデスの支配はどの程度か判らないのでインダス河までにしています。

 

ここでようやくエウクラティデス1世も登場するのですが、当時弱体化したインドのマウリア朝へ領土拡張を行ったデメトリオス1世の弟であるアンティマコス1世がインド側にいる隙にバクトリアで蜂起を行い、王位を簒奪。

バクトリア王となった後はソグディアナやヒンドゥークシュ山脈を越えてインド側への侵攻を行ったり、バクトリアへ侵入したパルティアへの対処など戦いの連続だったようです。

度重なる戦争によって領土拡張を試みたようですが、それゆえ国としては疲弊して後のバクトリアの滅亡に繋がる一因を作ってしまったとも言えるのかもしれません。

 

さて、バクトリアのコインとしては最も良く見かける代表的な物になるエウクラティデスですが、特徴的な兜が目を惹きますね。

マケドニアの騎兵や指揮官が使うボイオティア式兜と構造は似ており、アレクサンドロス大王の征服した地として装備が受け継がれていたと考えると面白いですね。

オークションの説明とかでは近代植民地時代の探検帽的なんて表現も見ました。

 

特徴的な肖像といい、エウクラティデスのコインは名品が多い事もありますし、バクトリアのコインを入手するとしたらやはりこの方だと決めておりましたので、ハイレリーフな打ち出しも素晴らしい物を手に出来てもうバクトリアはこれ一枚で良いかなと言った感じですね。(その代わりお値段はもう大変でしたけど。)

 

しかし、最後は悲劇的で、インドの征服行からの帰還時に息子であるヘリオクレスの曳く戦車に轢き殺され、遺体は埋葬もされずに放置されるという最後になってしまいました。彼の死後から十数年と経たず紀元前140~130年頃にバクトリア王国は遊牧民の侵入により滅亡。有名な遺跡であるアイ・ハヌムもこの時に破壊され、インド側に残されたインド・グリーク朝が唯一のギリシア人の王国となりました。

 

裏面は双子神ディオスクロイ。あまり見ないモノグラムですけどどこだろう?

ちょっとこだわりとして、双子の持つ槍が碑文と重なって短くされている図柄もあるのですが、槍が長く先端まで打ち出されているタイプが欲しかったので、裏面の図柄も気に入っております。

 

アフガニスタン中央銀行のエンブレムにも使われている図柄ですが、アフガニスタンも加えたかつてのバクトリアが存在した中央アジアの国々は、政情や治安が安定していない国も多く、コインも含めた遺跡の盗掘や鉱物などが武器購入の資金源となっているとも聞きます。

私が好きな昆虫も魅力的な種類の多い所でもありますし、平和になって趣味が楽しめる時が来てくれればとコレクターとしては考えてしまいます。

 

ではこんな所で。