あらまっ、もう1年経っちゃった。

ちょっと前にゆく年くる年を見たような気がするのに、毎年だんだんと地球の公転速度が加速してきますね。

 

冗談はさておき今年のまとめです。

 

今年の古代コインは最初の方に何枚か良い物を紹介できたのですが、後半はネタ切れで急遽一人集まっていない五賢帝に登場して頂いたのと近代コインでお茶を濁した感じでした。でもトータルだと毎年結構な金額分のコインを紹介しているつもりですので使った予算を考えると空恐ろしいです。

とはいえ結局今年も入手品を全部紹介出来ずだったので残りの物はまた来年紹介したいかと。

 

手放してしまった軍人皇帝達を再入手したりしていますが、ここら辺は紹介するにしても何枚かまとめての紹介になると思います。あとは共和政ローマの銀貨も一枚入手していたり。

 

予算というと、今年の後半に予算の大部分を使ったというか過去一の予算を使って入手してしまった物がありますので来年はそちらから紹介を始めたいかと思います。

 

古代に。

 

近代その他。

近代と合わせてスラブケースが一杯になっちゃったのでまた買わないとです。

 

私のコイン収集もそろそろ簡単に手を出せる物は少なくなってきました感じです。

コレクションの完成は永遠の課題でもありますが古代コインの本で「100 Greatest Ancient Coins」なんて題の本みたいに私も古代と近代を合わせて100枚くらいで完成させてみたいですね。

 

 

コイン以外はぼちぼちですね。

とりあえず冬の定期作業として標本箱の防虫剤の入れ替え。

 

国産種の標本箱を引き取ってからは数が数だけに一日作業になってしまいました。

 

今年購入した標本も全然展脚作業は進んでおりませぬ。来年やりますたぶんホントダヨ。

 

あとはちょこちょこレポ的な記事やよろずな内容を書いておりますが、このブログはコイン以外にも自然科学や歴史等のナショジオ的なブログを目指しておりますので(本当かよ。)鉱物関係の記事も書いてみたいですし、来年もどこかしら行きましたら記事を書いていきたいと思います。

 

ちょっと忙しかったりで最近は碌に皆様のブログ記事にコメントも出来ずなのですが、来年もこんな感じの私のブログをよろしくお願いいたしますね。

 

いや…どうって言われても困りますよね。私もフランクリンミント初めてだし…。

 

ちょっと前にフランクリンミント社のコインがセットで出品されていたので入手してみました。

 

 

 

私は古代コインはNGC社の鑑定スラブ入りを中心に集めておりますが、フランクリンミント社は1964年創業とかなり古い時代から通信販売でコインコレクションの販売を行っていたそうです。

コイン以外にも紙幣や切手に陶器、ミニカーやレプリカモデルと言った感じにコレクターの収集欲を満たす様々な品を取り扱っている会社のようですね。

 

ただ、鑑定書的な物は付くようですが(今回のコインには紛失したのか元から無かったのかありませんでした。)コインカプセルの開閉が可能で入れ替え出来てしまうので、NGCやPCGSのような開閉不可能に接着されたケースと比較すると真贋保障は一段落ちるかと。

 

で、前置きはこのくらいにしてコインを見てみましょう。

まずはこちらコリントスのペガサス銀貨。あらら真っ黒。

 

腐食や剥離が多いので鑑定に出したら平金破損の評価が付いちゃいそうですね。

 

裏面のアテナの方は腐食も少なくて打ち出しと合わせて状態は比較的良好。しかも右向きの希少タイプ。

 

真っ黒なのはさておき、この状態のコリントスの銀貨は鑑定品だとまず10万以下では入手できないので、今回はこちらのコインメインで入手してみました。入札で頑張っている方がいたので申し訳なかったのですが私もこの値段で引くことはできなかったので落札させてもらいました。

 

うーむ、本当に真っ黒。濃い目のトーンでも奇麗な輝きの物もあるのにこちらはなんの面白味もありません。出品も銅貨で出ていたのですが側面辺りは銀の色が残っていて確かに銀貨ですね。

 

しかし、コインケースに一緒に入っていた樹脂製の緩衝材がどうもPVC製みたいで、ベタベタして側面に剥離した銀の表面が張り付いてる…。どうも真っ黒なのはこれが原因のような気がするのですよね。なんかコイン自体もベタベタしてるしこれ鑑定に出したらPVC付着で帰ってきそうな気が…。

 

このタイプの樹脂製の緩衝材を使っている銀貨をお持ちの方は取り出して別のケースに保管した方がいいかもしれません。

 

洗浄評価でもグレードとしては悪くないと思いますので、思い切って洗浄してもいいかなとも思ってるのですがしばらくはこのまま置いておこうと思います(鑑定に出しに行くのも面倒くさいですし。)

 

後は私的にはオマケの銅貨。

左からポントス王国のミトリダテス6世のアレス。

マケドニアのフィリッポス2世のアポロン。

またポントスのゴルゴンの顔を中心にしたアイギスの盾。

最後はシチリア島シラクサのヒエロン2世のポセイドン。

 

ポントス王国のは確か真鍮貨でしたかね?

 

裏はまた左から鞘に入れられた剣。

騎馬。

勝利の女神のニケ。

ポセイドンの三叉槍。

 

鑑定コインとして入手するならもう少し良い状態の物を入手したいものの、裸コインでコロコロするならこういう状態の方が気兼ね無くていいです。入手値段的にもオマケとしては十分でしょう。

 

最近の鑑定会社のスラブ入りと比べると一昔前のコレクション商品といった感じのフランクリンミントのコインですが、裸コインを集めている方にとってはまだまだ一定の入手指標となるのではないでしょうか。

 

ではこんな所で。

 

ラムセス大王展の続きです。

 

今回の展示はラムセス朝時代(第19~20王朝)以後の第3中間期、第21~22王朝のタニスの至宝も目玉となっておりまして、私としてはこちらの展示を見たくて今回は行こうと思った経緯がありました。

ちょっとマイナーな王朝なので一応説明をしておこうかと思います。

 

ラムセス2世の第19王朝から移行した第20王朝は偉大な王にあやかって沢山のラムセス名の王がおり、ラムセス朝時代と呼ばれるのですが新王国時代衰退の時代になってしまいます。

 

この時代は前1200年のカタストロフと呼ばれる青銅器時代に繁栄した国家が次々に滅亡する危機の時代でもあり、原因は気候変動ではと言われるのですが、エジプトも例外ではなくラムセス3世の時代に海の民という謎の集団の来襲を受けています。

エジプトは撃退に成功したものの異民族の侵入は慢性化し、政治の混乱による王権の衰退や権力を増した神官によりテーベが自治国家のようになった分裂の時代を迎え、ラムセス11世の死後デルタ地帯の下エジプトは第21王朝として独立します。

 

位置関係はこんな感じ。ラムセス2世時代にはヌビア地方にまで進出していましたがラムセス朝末期にはアスワンまで後退しています。

 

そして第21王朝の首都となったタニスの遺跡から1939年に完全未盗掘の王墓の発掘と言う大発見がありまして、ファラオ達の棺を含めた金銀製品の副葬品が大量に出土しました。

 

まずは黄金のマスクで有名なプスセンネス1世の副葬品。

プスセンネス1世 - Wikipedia

 

巨大な襟飾りやブレスレットの金製品は8kgだったか10kgだったかで全部身に着けると動けないだろうという、衰退の時代の王の副葬品にしては破格の豪華さ。

 

スカラベの胸当て付きネックレス。

 

 

ロゼット文様もエジプトで長く使われるデザインですね。

 

上段の第18王朝の金製水差しもタニスの出土品。

タニス王墓の特徴として過去の王朝の副葬品を再利用している事があります。

 

ラムセス朝の末期にテーベの神官により王家の谷の墓を暴く指示の記録が残っておりまして、建前としては墓泥棒が頻発していた王達のミイラの修復と再埋葬いう名目もあったようですが、ラムセス2世のミイラも幾つかの墓を経由した後にデル・エル=バハリの隠し墓に最終的に安置されたようです。

第21王朝はテーベの勢力とも関係があったようで、こうして組織的に持ち出された副葬品の多くはタニスへと運ばれ再利用されたという経緯があるそうです。

 

プスセンネス1世の後を継いだアメンエムオペトの金箔貼りマスク。

この下にさらにもう少し出来の良いマスクも付けていました。

 

タニス王墓は湿地の土地柄のため木製品やミイラは腐食してしまい、こちらのマスクも破損していたのを元の形に復元しています。

 

シェションク2世のハヤブサ頭の銀製棺。私が特に見たかったのがこちら。

 

シェションク1世の方は旧約聖書にも出てくる王様になりますが、2世の方は何をしたのか良く分からないマイナーな方だったものの棺は素晴らし作りです。

タニスの至宝がまさか国内で見る事ができるとは、もうこれだけでも来た甲斐がありましたね!

今回のラムセス大王展は期間を延長していてくれたので運が良かったです。

 

 

 

横に置いてある4つの入れ物は内臓を収める銀製のカノポス壺。

 

書籍によっては金銀合金のエレクトラム製と書かれていたりしますが金も混じっているのでしょうかね?

 

エジプトでは銀が産出しないので金よりも貴重で外部からの持ち込みになり、リュディアのエレクトラムコインなどの金銀精錬法の確立はもう少し後のような気がしますが、ちょっと不勉強で古代エジプトの精錬技術って良く分からないです。

 

銀の棺の中に入っていた亜麻布を石膏で固めて金貼りした内棺もハヤブサの形。

 

さらに中のミイラ本体には装飾品や護符と共に黄金のマスクが被せてありました。

 

この状態の金製マスクは幾つか見つかってるようで、こちらはプスセンネス1世に仕えていたウェンジェバエンジェド将軍のマスク。

 

という事でラムセス大王展の話でした。

 

前回の記事の冒頭で書いた「我が名はオジマンディアス…」の一文は19世紀の「オジマンディアス」という詩の一節なのですが、倒れた巨像と王の碑文が刻まれた台座以外は一面砂の広がりでかつて王が成した事柄は何も残っていない、時の無常を謡った詩となります。(オジマンディアスはラムセスのギリシア語読み。)


しかし3000年以上経った後、近代の発掘で砂の中から遺物が発見されミイラさえも残り、ヒエログリフの解読からも沢山の王の成した事柄が現代にまで残っています。

こうして世界中の人々に知られるラムセス2世は、古代エジプト人が願った永遠の生命とまではいかなくとも数多い王の勝利の一つに数えてもいいのではないでしょうか。

 

ではこんな所で。