味を追求する事を決めたのは良いのですが、当時の私はラーメンの ”ラ” の字も知りませんでした。
本部から来た希釈スープでしかラーメンを作ったことが無く、何処にも修行に行っていないので、スープの取り方なんて知らない。聞ける人もいない・・・
どうしたら良いか?考え、まず身近にある ”教材” を参考に試作する事にしました。
マンガじゃん!
と、突っ込まれそうですが、まだネットも普及しておらず、ラーメンの味作りに関する情報なんて何処にも無い。
その中で、当時の私が探して来たのがこれらだったのです。
「そっか、濃厚な豚骨スープを取るには頭の骨を使うのか」
と、喧嘩ラーメンに書いてあれば、お肉屋さんから頭骨を仕入れ試作。
閉店後の夜中に一人で(怖いから)歌を歌いながら寸胴の中に頭骨を積み上げ、お湯を入れて煮たのは良いのですが ”加水” と言う事を知らず、できたスープがほんのちょっと・・・
ある時は豚足を仕入れ、スープを作ろうと思ったのですが、毛を抜かなきゃいけないとなり、ギャーギャー言いながら抜いたっけ。
今考えると滑稽なのですが、本当にそのレベルから始めたのです。
こうして何を作るか考えずに味作りを始めたのですが、次第に
「俺はどんなラーメンが作りたいんだろう?」
と考える様になり、繁盛店に沢山行く様になりました。
醤油、味噌、塩など、色んな味の繁盛店を見ていく中で
「豚骨が作りたい!」
と思うようになり、八王子の長浜ラーメンや、相模原の村田屋、多摩センターの西海などへ足繫く通いました。
何を使っているのか?どう調理しているのか?
知りた過ぎて、僕の厨房を見る目はヤバかったと思います(笑)
水筒を持参して丼のスープを持ち帰り(ごめんなさいm(__)m)自分の作った味と比べ
「何でこの味が出せるのだろう?」
と、悩み落ち込む日々でした。
休みの日に食材を探しに行き、閉店後は試作・・・・
こうして2年試作を続け、加水も覚え(笑)徐々に小川の原型ができて行ったのです。
そして創業から4年後の1999年、ついにフランチャイズ脱退を決意します。
でも、本当の苦労はここからでした。


