人は、思ってるよりかは、自分をすぐには嫌ってこない。
特に子どもの頃と大きく違うのは、「実害」の有無。(※陰口は実害に含まないものとする。愚痴を零しでもしないと人は窒息してしまう)
「一度の失敗で全てがおじゃんにはならない」という医者からの言葉を今になって実感する。消毒みたいに痛い。
これが、人生を諦めて投げやりになった私なんかは…不幸自慢はやめよう。これも被害妄想かもしらん。私はどうやら思い込みも激強らしいし。
五月蝿い幻聴との区別は、マジで鬼ムズ。だから余計に、私の所為にして悪者にして乱雑になって、っていうサイクルが生じてて。「実際に悪かった自分」とか「喧嘩両成敗であっただろう口論」とかと向き合うのが嫌だから。億劫だから。
実際、下手なことがあれば、そういう時はもう大体「実際的に」不和が起きてる。舌打ちとか溜息とか、睨みとか…言葉とか。
言葉が結局、一番分かりやすいかな。
仕草っていうのは、まだ他の可能性が残されちゃってるもんね。
それとは別に
結構案外思いの外、自分の顔は覚えられているもの
それそのものが云々というよりかは、自分が存在してることの証明(個人的にちょっぴりグラウンディング)になってたりする。
・追記
人の話を聞いてると、「あの時、私による線路の飛び込みを止めた乗車待ちの人と駅員さんに、どれくらい爪痕を残してしまっただろう」
なんて。考えないわけじゃないんだ。酔ってたとはいえ。
そうじゃなくても泣き喚いて。
純粋に迷惑掛けた。