令和七年度金春円満井会特別公演

 

   『関寺小町』 

 金春流の『関寺小町』は一子相伝の決まりがあり、

弟子家がこれを勤める場合には「古式」の小書きが付く。

金春流では江戸初期に一時上演が途絶えたとも。

 

 前宗家・金春安明師の『関寺小町』は弟子家の代役をお勤めになった舞台以来。

面は<顔色の悪い痩女>といった印象で

全てにおいて格別な印象は持たなかったが、

120分の舞台を、シテの独特な謡を聴き、ただひたすらお姿を追い、

22分間の「序の舞」の段を取りながら見つめ続け、

最後は国立能楽堂の長い橋掛りを抜足で去っていく老女を見送った。お願い

 

 金春信高師(79世)「花の翳」28頁〜の「老女の心」を読み返す。

現在の能(の舞台)を拝見し、

見知らぬ古人と対話する心持がする・・、

と云いたいけれど、とてもそこまでには至らない。

舞台の安明師を見送ったのと同じ心持ちで本を閉じた。

 

 令和7年の能楽鑑賞はこれでお仕舞。

 

 

 解説・能楽あんない 東京外国語大学教授・西原大輔氏による

足利義教の外交を称賛する能としての≪唐船≫

 能は素晴らしい伝統芸能であるけれども、

作られた当初は政治との関係が深いとのお話を頂いた。
 

   『唐船―棹之掛 盤渉―』

 2011年4月「花影会」武田志房師の『唐船』の舞を思い出すが、

今回の舞台は大勢の出演者が大船に乗る見た目と人々のドラマを

将軍・足利義教の気分で鷹揚に眺めるものだった。

 

 伝統芸能の歴史的背景にも興味・関心を持っているが

作られた時に立ち返っての鑑賞というのもなかなか難しい。

この日の舞台を出演者はどの様な心でお勤めになったのか知りたいと思う。

 

 こうした企画は国立能楽堂の公演だから出来るのだろう。

見所も公演内容を把握して予約することだと改めて考えた。

西原大輔氏の著書

「室町時代の日明外交と能狂言」(笠間書院)

を早速拝読した。

           川連天満宮    2025.12.9 10:12

 

 「名取の旅」で、名取老女〜藤原実方へと掘り下げる心になり

下野の「伊吹山さしもぐさ」を訪ねた。

 まずは途中休憩を兼ねて立ち寄った川連城跡。

(県道沿いだが駐車場は無いので要注意)

 

川連城跡

バイパス工事等で城跡は失われ、神社も移転した

 

 

 

 

標芽が原

標芽が原 現地説明板

 

 一瞬、わざわざ車から降りて見学するほどの場所なのかと疑う程の景色だが、

大切な歌枕の地であることが説明されている。お願い

・・これが無かったら、どうなっていた事だろう・・滝汗

 

 

 

 

赤津川のほとり、善応寺(伊吹山観世音)

さしも草栽培中の場所にある雅な道祖神

伊吹山のさしも草

 

 

赤津川

 

 

 

 

 「亀の子型石核」発見により始まった星野遺跡発掘調査の地に建てられているという

「地層たんけん館」へ。

 

星野遺跡記念館 – 栃木市観光協会は土日祝日のみ・・

星野遺跡憩いの森 – 栃木市観光協会

 

こちらの駐車場から歩く

 

道標

星野遺跡地層たんけん館 – 栃木市観光協会

入り口横に小山芳姫の墓への案内・・勿論行かない

 

 

 

やはり解説者がいないと難しい・・滝汗

 

 「さしもぐさ」については小倉百人一首の解説書にも

「伊吹」は美濃国と近江国、現在の岐阜県と滋賀県の境にある山。(1377m)

とあるのをずっと信じて来たので、下野説はなかなか受け入れられなかった。

聖地の聖食 伊吹山の「さしも草」 ~吹上地区まちづくり協議会(栃木市)~ : 1000円グルメの旅 Powered by ライブドアブログ

今後は実方の心に寄り添い、純粋に歌枕を調べようと考えた。

 

 

令和7年12月国立能楽堂定例公演

 

   『江口』

 一月前に観世流・味方玄氏の素晴らしい舞台を拝見したばかりだが、

今回は全く様子の異なる舞台だった。

能の場合、何年たっても繰り返し反芻できる舞台が稀にある。

それはたいていの場合、佳い舞台を拝見した時に立ち上がってくる記憶だ。

 

 喜多流・香川靖嗣師(81)の遊女は、

佐々木多門・友枝真也という当代きっての中堅を従えて何気に登場。

 <江口の遊女はやがて普賢菩薩になるのだから・・>

という気負いがまるで感じられない面装束も面白く拝見した。

 

 シテツレ二人(小面)が最後まで舞台に残っているのも良い景色。音符

そこでの舞は、何ものにも捕らわれない

香川師らしい解放された精神性と品格が

強めの面の表情にも表れていた様に拝見した。お願い

 

 面は三面とも岩崎久人作と伺っていたので

分からないまでも可能な限り注目していた所、

最後にとても面白い表情が観えた。びっくり

ただの気のせいかもしれないけどネ。照れ

 

 

 

国立公文書館「世界へのまなざし―江戸時代の海外知識―」

世界へのまなざし―江戸時代の海外知識―

 

 明治の文豪による史書の中に、

岩倉使節団の一員として欧米12ヵ国を視察し、報告書『米欧回覧実記』を編修した
久米邦武(天保10年、佐賀生)は当初参加予定ではなかったとの一文を目にし、

更に、当事の日本は欧米についての十分な知識も理解も持っていたと綴られていた事に注意が向いていた時、

この展覧会に気付いた。

 

 

「鎖国」という言葉は19世紀に生まれた

長崎の出島は幕府直轄地

国書先導船図巻

阿蘭陀風説和解之書・昌平坂学問所旧蔵

(昌平坂学問所は現在の湯島聖堂)

西洋銭譜 マリア・テレジアのターレル銀貨

寛政暦書

松前蝦夷地覚書・八連の大鷹

鷹は「ひともと・ふたもと」または「いち れん・にれん」と数えます

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