Happy Birthday | DRIFTER

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~漂流者の日々徒然~

僕は自分の誕生日が好きではない。
誕生日というものに対する思い入れもない。
だから人の誕生日も殆ど覚えられない。

僕の誕生日は12月26日ということになっている。
ただしこれは戸籍上の日付にしか過ぎず、実際に生まれたのは21日前後だったらしい。
「らしい」というのはそれを正確に覚えている人が一人もいないからだ。

だから僕は自分の星座を射手座だと思っている。

僕の誕生日が実際に生まれた日と違うのは僕が養子だからである。そして戸籍上、実子として届け出る細工に要した時間が空白の5日間というのが実情らしい。
だから僕が養子ということは戸籍からは確認出来ないようになっている。

ただ小さな町だったから僕が養子であるということは当の僕以外は誰でも知っていたようで、折に触れ他人から「君は養子だったよね?」などと尋ねられたりしたものだ。

だが僕の両親はその秘密を墓場まで持っていく気らしく、僕が問い詰めても絶対に認めようとはしなかった。なので僕も出生についてそれ以上追求する気はなくなった。
両親からは愛されて育ったと思うからそれでいいやと思ってさ。
それと実の母親が誰かというのはもう分かってるしね。でも父親はどこかのいいとこのボンボンだったということしか知らない。きっとロクな奴じゃなかったのだろう。

そんなわけで12月26日ということに設定された僕の誕生日だけれど、これって最悪の日取りだよね。
何たってクリスマスの翌日だよ?祭りの後だよ?おまけに冬休みだよ?もう誰も祝ってくれないって。ケーキだってクリスマスの残り物だしさ。プレゼントもクリスマス兼任。僕だって僕の誕生日よりクリスマスの方が楽しいと思うもん。世界中の誰だってそう思うに決まってるさ。

そんな感じで僕は誕生日のイベントというものが無い家庭で育った。僕は未だに両親の誕生日を覚えていない。両親もまた然り。
父の日や母の日はイベントとして存在していたにも関わらず誕生日だけは何故か禁忌のように僕の家からは遠ざけられたままだった。

こうして僕にとって誕生日は意味のない記号でしかなくなっていった。

彼女と出会うまでは。



今まで付き合った女性は勿論みなそれぞれに好きだったが、心から愛した(失いたくなかった)といえるのはたった二人だけだと思う。

その二人に共通しているのは初めて出会った瞬間に奇妙な予感がしたということ。
それは一目惚れとかじゃなく『あ・・・この人と僕にはきっと因縁があってこれから何かが起きるな・・・』という漠然とした予感だった。

予感は当たり紆余曲折を経て僕らは結ばれ、最後には僕がフラれるというところまで共通している。ちなみに恋人からフラれたのは後にも先にもこの二人だけ。多分僕らの恋ってその時にお互いにとって必要な運命の歯車みたいなものだったのかなって思う。
で、どちらかが役割を終えて舞台から去っていったのだろう。

そして今回はその二人目の話。

彼女はとても魅力的な女性だったし、出会ってほどなく彼女から好意を寄せられていると気付いたときはそりゃまんざらじゃなかったさ。でも言いたく ないけどこの時お互い既婚の身でね。少なくとも当初僕の方は一線を越えるつもりはさらさら無くてただ話してるだけで楽しかったんだよ。だから最初の予感は 気のせいだって思うことにしてたんだ。

でも「ある事」がきっかけで一線は簡単に越えられてしまった。それでもまだ僕には「彼女を愛してる」という自覚は無かった。だって彼女は常々「旦 那を一番愛してる」と僕に言い放ってたもんな。「じゃあなんで僕と付き合うんだよ?」と聞くと「何でやろなぁ?Kが好きやからやねんけど愛してはないし なぁ・・・愛してるのは旦那だけやもんなぁ・・・」だって。
彼女夫婦には子供はなく、お互いに束縛はしない主義なのだそうな。僕にはよく理解できない夫婦関係だったが世の中には色々な夫婦がいるのだろうくらいに考えることにした。

彼女とはほぼ毎日電話やメールでやり取りしていたが距離があったので実際にデートしたのは数えるほどでしかない。そして用心深い彼女は僕の前でも 決して完全には隙は見せなかった。なんていうのかな?心に薄いバリアーを張ってる感じというのかな。「例え浮気はしても実生活は絶対守ってみせる!」とい う意思を表情に浮かべていたね。僕は彼女の家庭を壊すつもりなんて無かったんだけどね。

ところがあるときその彼女が張ってたバリアーが取れた瞬間があったんだ。
彼女は非常にモテるらしくて街を歩いていてナンパされない日は無いんだって いつも言ってた。
「そりゃあ君はキュートだしムリもないねぇ」くらいに受け流していたんだけれど、ある日のデートで待ち合わせ場所に僕がほんの少し遅れて着 いたのさ。そしたら彼女が腕にしがみついてきてね。人前で甘えるようなタイプじゃなかったから「どうしたんだ?」って思ったらここへ来る前までしつこくナ ンパされててさっきまでそいつがじっとこっちを見てたんだってさ。
で、僕が現れてそいつがいなくなったことを確認した彼女は僕の手を放して「もうっ!Kが遅いせいで怖かったやんか!」とふくれっ面を見せた。 そっか。ナンパされるのってよく考えたら怖いことでもあるんだよな。いつもふざけた自慢話みたいに思ってた彼女のナンパ話にも隠された苦労があることに初 めて気付いたんだ。そのあと食事に行ったんだけど、そこでの彼女は恐怖から解放されたせいか今まで僕が見たことがないような屈託の無い笑顔でね。長い髪を 後ろに結んでから美味しそうにフォークを口に運ぶ姿にすっかり見惚れてしまっていたのさ。そしてそこで初めて気付いたんだ。あぁ・・・僕はこの人が好きな んだって。

それから僕は彼女に「愛してる」というようになった。
でも彼女の返事はやっぱりつれなくて「好きやけど愛してない」の一点張りだった。

ある日僕は何気に彼女に聞いた。
「ところで君の誕生日っていつなの?」

彼女はちょっと口ごもって「誕生日って好きじゃないからあまり言いたくないんだけど・・・」

「で?いつ?」

「12月26日よ・・・」

驚いたね。彼女も驚いてた。誕生日が嫌いな理由も僕と同じくクリスマスの翌日だから。

でもこれで初めて僕の誕生日に意味が生まれた。
それは愛する彼女の誕生日でもあるから。
僕らは「いつか二人で誕生会やろうね」という話で盛り上がった。

ところでその頃僕の家庭は非常に上手くいってなくてね。主な理由は僕の事業の業績不振で、奥さんにも迷惑をかけている状態だったし夫婦関係もかな り険悪だった。だから不倫(この呼び名は好きじゃないが婚外恋愛という都合のいい言い方はしたくない)はある意味現実逃避だったと思う。

僕と彼女はよく「もしも」という話をした。

「もしもどこか旅行に行けたら?」とか「もしも二人で暮らせたなら?」とかの他愛もない話だ。
その中でも「二人でイタリアで暮らす」という想像は特に彼女の気に入ったようだった。

でもそれらはあくまでも空想で、現実には叶うはずもない夢物語である。だから「もしも」という話をした後はいつも少し悲しくなった。僕らには語るべき未来など本当は無いのだ。

そんなある日、長らく燻っていた火種がついに爆発を引き起こし、妻が子供を置いて家から出て行ってしまった。

その事を彼女に話すと「すぐに奥さんを迎えにいかなアカンやん!」と言われた。
でもすぐには動けなかった。僕は出口の無い日々にもうすっかり疲れ切っていたのだ。

子供達に事情を説明し、これからどうするかという話し合いをした。

「パパはこれからママを迎えに行こうと思う。そのためにはパパは今まで好きだったことは全部諦めるつもりなんだ。でもママが戻ってきてくれるかどうかはわからない」と話した。

すると娘は黙っていたが、まだ幼かった息子(とても甘えん坊でママっ子だった)が言った。

「好きなことは諦めちゃだめだよパパ・・・もうママがいなくてもいいから。パパさえいればいいから」

この言葉はこれまでの人生で一番胸に響いた。
そして妻がとても可哀相になった。いつもママの後ろを追いかけて歩くような甘えっ子にここまで言わせてしまったのは僕の責任なのだ。

(この子達を片親にしてはいけない・・・)
僕は逃げないと決意した。家庭からも仕事からも。


それから真夜中に外から彼女に電話をして「妻を迎えに行く」と告げた。
彼女は「それが一番ええと思う」と言ってくれた。

少しの間沈黙が流れた。
冬はもう目の前で、見上げると満天の星空だった。
暫くして彼女が静かに呟いた。

「K・・・愛してるわ」

すごく暖かい気持ちになった。
彼女の言葉は夜空にすぅっと吸い込まれていくみたいに感じた。

「ありがとう・・・」

でも僕は彼女が心のバリアーを解いてみせた意味に何となく気付いていた。
彼女は僕の元から去ろうとしているのだ。

少し時間がかかったものの妻は家に戻ってきた。ゴタゴタはまだ続いていたが解決に向けて努力する方向で家族が一つになった。

その後彼女と話したときに「また仕事を始めるつもりやねん」と言われた。

彼女は以前勤めていた会社から復職を請われていた(有能な管理職だったらしい)のだ。


「有閑主婦の身分とももうおさらばやわ」と彼女は笑った。

「もう会えなくなるね・・・」

「うん・・・これから忙しくなるしね・・・」

そして僕らは別れた。
僕は去るものはもう二度と追わないと決めていた。



僕の方は本当に色々あったけれど今ではすっかり平穏に暮らしている。あんなに死ぬことばかり考えていた日々がまるで嘘みたいに。やはり中々捨てられずにいた傾いた事業を人に譲ったのが大きかった。仕事はきついけれど勤め人は気楽でいい。うん。

彼女が今どうしているかは知らないし知る術もない。
強がりで負けず嫌いな彼女のことだからきっと元気で暮らしているだろうと願うだけで普段は余り思い出さないようにしている。
それから大阪で独りで飲んでいる時、ふとどうしようもなく切なくなる事があるけれど理由は深く考えないようにもしている。

でも誕生日くらいは少しだけ彼女のことを考えたっていいだろ?

結局二人で誕生日を迎えることなく別れたけれど、心の中でそっと「おめでとう」と呟くくらいはさ?
それから僕の一番好きなバースデイソングを歌うんだ。

それが二人だけの心の中のHappy Birthday


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うまく話が出来なくて本当はすまないと思ってる
しばらく悩んでもみたけどそのうち疲れて眠ってる

いつかこの街のどこかで君と偶然出会っても
何を話したらいいのか今でもよくわからない

ひとつずつ壊れていく世界で
流した涙に何の意味がある

賑やかなこの街の空に思い切りはりあげた声は
僕に優しくしてくれたあの人へのHappy Birthday


   スガシカオ「Happy Birthday」の一節より

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