はい、意味不明。
でも突如おぢゃっこさんに降臨してきちゃったので仕方ない。
しかも2メガバイトの記憶容量しかないはずと思われている貴重な記憶の中から消えずに残っちゃってるんで、排泄すべくここに排泄していく事とする。
さて、何の話かというと『自我』とか『意識』とかについての事でして。
身体(体質や気質)を起点としてそれを支える生活習慣を含めた側を『大地』
取り巻く生活環境や時代や社会を『気候』
そしてそこに生えてくるもんが自我とか意識だ、というおぢゃっこ節が今回のテーマです。
理解できるできないをほっといて話を進めます。
なぜならこれはおぢゃっこさんのただの排泄行為だからです。
知識という種を撒いたとします。
ちょっと撒けば多少『気候』が優れなくてもすぐにモリモリと育ってしまう方もいます。
一方で撒いても撒いても、手間暇を掛け、『気候』を弄ってお水の管理、温度の管理等々手厚く手掛けなければ同様に育たない方もいます。
さらには、そこまでやってもなかなか育たない方もいる訳です。
場合に寄っては毒草ばかりが生えやすい場合もある。
ようするに『大地』が肥沃か、不毛か、砂漠化してるか、汚染されているか等々で与える知識が同一であっても育つ『意識体』は大きく異なってきます。
いやいや、手掛ければ決してそんなことはない!と断言される方もおりますが、それはせいぜい『環境』、すなわち取り巻く生活環境や時代・社会までを言っているのであって、土壌改良までということになると、数十年単位の生活習慣を共にする必要が出てきます。
凄まじく汚染された大地を改良するとなれば、自分の大地も汚染される覚悟が無きゃできない。
また、非常に厳しい事に、そこまでしてあげている間にも必ず『気候』は変わってるんです。
めちゃくちゃ肥沃な大地を持っていると、もう手前勝手に様々な種が多種多様に増殖するし、勝手にサイクルするし、結果的に「豊かな人格」みたいな感じになる訳です。『気候』が変化してもかなりの種類がそれに適応し残存する。
不毛な大地であればそうはいきません。ようやく育った意識体もちょっと『気候』が変わると進化する前に多くの部分が枯れてしまう。まあ、リアルに話を戻すと「鬱る」事になってりするんです。
よく子どもに「なんで何度言っても分からないんだ!」的展開があろうかと思いますが、それは『大地』自体を根底から育成中だからです。種撒きゃいいってもんじゃないんです。
「自分は同じ頃それくらい出来た」「周りはみんな出来てる」…『気候』が違うんだからそれこそ不毛です。試しに同じ時代に生まれて見ろって話になります(笑)。
生まれた時からインターネットがあって、スマホがあって、塩梅飲草真っ最中で、デフレで…僕が今の『気候』に育つならレールから外れてしまうこと間違いな…いや、育つかどうかすら怪しい。
さて、『自我』はそこに生えてる程度のもんなんで生えてる側としてはその『大地』を把握しきれません。せいぜい『気候』のせいにします(笑)。
『自我』を何度も枯らし、自我自体すらをも肥やしとして何年もかけて土壌改良をするほどの大変な変化を積んできた人生と周囲に流されてなんとなく来た人生とが桁が違うのはやむを得ない事とおぢゃっこさん的には理解しています。
仮に同じ状況に並べて、同じ環境を与えて、「よーいドン」しても、やっぱり大きく差がつきます。
変化の乏しい人生であればそこの『大地』に含まれる成分は極めて偏ります。当然、『意識体』も偏る(いわゆるバイアス)でしょう。限られた人生の中で変化が大きく、多彩な土壌を持つ『大地』でなければ多種多様な『意識体』は生まれにくいんです。
さらこの『大地』、隣接する土地によって様々な影響を受けます。人間の大地は一人では存在できません。一緒にいたり、地域を共にしたリ、職場が一緒だったりすると少なからず影響をし合います。
自分の身体一つでこの『大地』は完結していません。当然に『気候』はTPOによってもっと大きく異なります。
自分を棚上げして周囲を変えようとしてももちろんそれは変わらない。
よほど自分の『大地』を肥沃に、さらには大きく広げて、他の『大地』にまで栄養を行き渡らせる程にならない事には不毛な大地の栄養をさらに奪い取り、周りを砂漠化させてしまいかねません。
一方で汚染は一瞬、一時で出来てしまう。そこからの再生は『腐海の森』の如く、意識体をも毒性をもってゆっくりと時間をかけなければならないでしょう。
まー、おぢゃっこ説に過ぎないんで深刻にならんでもいいのですが、そう仮定してみると、解ける人生がこれまた多いんですよね~(^^;
~お読みくださいまして誠にありがとうございます~『おぢゃっこ倶楽部』

