久々に日記を書く。
最近の心境についてを中心に

今俺は辛い。見たくない、逃げてしまいたいものがあまりにもたくさんありすぎて、何から解決していけばいいかわからない、何に悲しんでいるのか、嘆いているのかわからない。
ただぼんやりと、けどとにかく大きい、不安だとか孤独だとか絶望だとかそんな感情を認識してる。
あれだ、メガネ外した時みたいなぼんやりした感じ。
目がいい人だとこの感じが伝わらないのかな?大多数に伝わる例えだけど、それが伝わらない人がいるのが不思議な感じ。近視はきっとステータス!


そんな感じだけど、今はそれなりに心をしゃんと立たせて頑張っている。
なんだか急に辛くても苦しくても頑張らなきゃ、と思い始めたのだ。
多分きっかけは滝本さんの小説なんだと思う。
滝本さんは、この世の中に悪人はいない。だけれども、この世は不安だとか悲しみだとかの負の感情に覆いつくされていると言った。

俺もそう思う。この世界に根っから人間を殺害したいだとか、この世界を本能的に破壊したいとか、そういう人達はいない。サイコパスっていう例外はあるのかもしれないけど、人はなるべく平和を望むし、幸せでいたいと願う。
幸せになるために、あるいは自分を守るために、人を傷つけてしまうようなことはあるけれど、望んで悪人になりたい人なんていない。
そういう意味で俺は人は本質的には悪人じゃあないと思う。

じゃあ、いったい全体誰が俺たちをこんな苦しいめに合わせるんだっていったら、それは目に見えない何かで、それこそ現実なんだというのが、滝本さん伝。

読んだ時はどうとも思わなかったけど読み終わってしばし考えると、なんだか急にふぅっと力が抜けたような気がした。
昔からそういう理不尽なぶつけようのない苦しみだとか悲しみは、神様とか閻魔様とか悪魔とかにぶつけるもんだと俺は思ってた。
けど、魔の負の感情のデフレスパイラルにはまってから、精神がすり減ってくうちに、あぁ神様も悪魔もいないんだ、ただ世界がそこにあるだけなんだと結論づけてから、気持ちのやり場がなくなって、諦めるだけになった。

それを滝本さんが変えてくれたのかもしれない。
現実は確かに目に見えない、けど確かにそこにある、存在する。
そう考えたらなんとなく気持ちをぶつける場所が見つかったような気がした。

それに滝本さんの本を読んでいたら、あぁ俺だけじゃないんだっていう、ありきたりだけど共感っていう感情が少し俺に力をくれた。


現実は辛い、目を剃らしたい、けど忌むべき敵だ。戦うべき敵だ。
問答無用で、ボディブローなりシャイニングウィザードをきめても自身を正当化できる相手を俺は見つけられたのだ。
それがとにかく安心した。

それが滝本さんの小説から教えてもらったことだった。

そうしてひとしきり気持ちに区切りをつけたんだけど、そうしたら色んな物を思い出した。
昔やりたかったこと、将来の夢、自分の理想。
めっちゃくちゃ眩しかった。これが手に入るんなら人生生きてて良かったなと真剣に思えるだろうなと考えた。

そしたらますます元気が出てきた。
そんな訳で俺は今戦っている。なんだかとにかく負けたくないと思っている。


それが現在の心境報告です。またしくじるかも、とかはあんまり考えたくない。とにかく、この悔しい感情を全部現実にぶつけてそれをバネに戦うことにした。

以上