商店街のはずれにある中華飯店に入り、ふつうのラーメンを頼んだ。
美味しい店ではない事は知っていたが、ただ何となくだ。
「ラーメンを。」
「へい。」
痩せた初老のおやじさんはそれが癖の少しおどおどした様子で返事をする。
待っている間は、調理場の壁にある油ですすけた絵を見ていた。
満面の笑みをたたえている腹の出た布袋(ほてい)さんの絵である。
遠くから笛の音が聞こえてくる。
チンチンという音もする。
チンドン屋が商店街の催しものか何かで演奏しているのだろうか?
「お待ち。」
カウンターにラーメンの丼が置かれた。
箸を捜すと、筒状の箸立てに割り箸が一本だけ入っている。
その一本を手に取って割ろうとしたら中々固い。
少し力を込めて割ったらその拍子に片方がどこかに飛んで行ってしまった。
席を立ってあたりの床を探してみると、店の出入口扉のレールの溝にはまってしまっている。
取ろうとしたが指が入らなくて取れない。
「おやじさん、割り箸はありませんか?」
カウンターの奥に声をかける。
「あいにく切らしてまして。
今、発注しているところで…。」
店主はこちらを見ず、哀しげに少しうつむいたままでいる。
「ないんですか?」
「へえ…。」
わたしは手に持った割り箸の片方をじっと眺めた。
これでは麺をすくえないのは明らかだ。
持ち上げても麺がすべり落ちてしまうだろう。
一本を二つに割って二本の棒にしようか?
いや、それでは短かすぎて到底使いものにならない。
わたしはしばし思案していた。
笛の音とチンチンという音が近づいてくる。
店の扉がガラリと開いてチンドン屋さんの一行が入ってきた。
ものすごい厚化粧の時代劇衣装で小刻みに踊りながら笛を吹いたり鐘を鳴らしたり、アコーディオンを弾いたりしている。
皆、横目でわたしの方を見ている。
わたしは眼の前のラーメンの丼と、右手に持った一本の箸を見た。
このままでは食べれない。
麺がのびて行く。
ラーメンの丼の内側のふちに沿って、金や赤や緑の中華模様が続いている。
わたしは何も考えず、その中の金色の龍の顔に見入っていた。
いつの間にかチンドン屋がわたしの背後に来ており、わたしを囲むようにしてわたしの顔を見降ろしながら、小刻みに踊りかつ演奏をしている。
わたしは振り返って彼らと眼を合わせていたが、じきにカウンターの丼に視線を戻した。
一本の箸を麺に差し込んで持ち上げてみたがやはりすくえない。
店主はカウンターの奥で哀しげにうつむいており、チンドン屋はいつまでも笛を吹いている。
わたしはラーメンの丼の内側の金と赤と緑の中華模様を眺め続けた。