床に貼られた真っ黒なリノリウムのひんやりした感触が、足の裏に心地よい。寒くても窓を開けて換気をし、雑巾がけまで終わった朝の稽古場は、空気が澄んでしーんとしている。窓からオレンジ色の朝日が徐々にさして来る中、居間の薪ストーブで木がぱちぱち爆ぜる音を聴きながら朝の稽古をするひとときは、大好きな時間だ。
今朝も、日課になっている鬼剣舞のおさらいをした。「ドタバタ音がしないように踊る。」と教えていただいたことを体現すべく、踊ってみる。最近ようやく体重が膝に負担をかけないくらいまで落ちてきたので、前ほど稽古がしんどくなくなってきた。
お師匠さんは、「痩せると太鼓の音が小さくなるよ。」「冬に体重を落とすと風邪ひくよ。」と、ご自分は贅肉が全くない引きしまった身体の持ち主なのに、私が減量しようとすると阻止しようとされる。それにもかかわらず?体重が落ちたのは、半年以上もの間、ほとんどご飯というものを炊かずに暮らしたからかもしれない。
お師匠さんが「モリモリ食べてね。」と、いくらでもお米を分けてくださるにもかかわらずなぜそうしたかというと、去年田んぼの水の管理と雑草対策に失敗して、手伝っている身として責任を感じたからだ。ライスセンターに脱穀してもらった米を取りに行った帰りの軽トラで、収穫量の少なさに二人してショックのあまり黙りこくっていたことは忘れられない。無農薬で米を作ることの困難さに直面した日だった。「とれなかったら食べられないのが当たり前なんだから、今は食べない。意地でも来年は成功させて、好きなだけ米をたべる」と、決めた。
炊飯器はお客さんがいらした時以外はふたを開けられることがなく、なぜ私はここにいるのか、と問いたげにポツンと佇んでいた。パンだの柿の種だの他の物を食べてやり過ごし、どうしても米が食べたくなるとスーパーでおにぎりを買ってきて食べていた。
夏の終わりごろ、稲の育成状況からして「これなら今度は大丈夫。」と思えてからようやく米を炊く気になり、それからは本当にモリモリいただいている。実際に今年はちゃんと収穫でき、ひと安心している。
昨日、瀬戸内の方まで遠出されていたお師匠さんが帰宅されて、お土産に魚の刺身をくださった。もったいないほど厚めに引いたぷりぷりの身を前にして、日本酒を開けずにいられようか。炊飯器というパンドラの箱のふたを開け、お酒のふたも開けた今、それでもなおちゃんと踊れる身体を維持し続けたい。