こんばんは、大島です。
今からお話するのは、私がまだ健常者で、内装工事店開業当時の融資お話です。
開業してまもなく、私は1200万円の工事を受注しました。
建築図面から割り出した仕掛かりは、材料代はおよそ45%の540万円、人件費や運搬等経費はおよそ30%の360万円で、合計900万円でした。
そこに私のお給料や工事期間約2ヶ月と次の工事までの維持経費も換算すれば契約額以上の融資が必要です。
ですが、細やかな計画書や受注見込みがあっても、900万円の短期となります。つまりは、工事期間2ヶ月後の翌月には完済が前提です。
もちろん私も暮らすためのお給料取りますから必然と“自転車操業”となります。1200万円、2800万円と売り上げを積んでも、このような繰り返しは単なるスタミナ消耗戦。仕掛かりの大きな建設業ですと“危ない綱渡り”です。
自分でもよくやっていた、と思います。
ですが、国民貧困化や国民の40%が低所得な時代を鑑みた時、雑多なものの言いようではありますが、小さな田舎街では基本的に厳しく、また銀行も“辞めたほうが良い”とメッセージを発していてくださっていたのだと考えます。
「大島さんなら都会で引く手もあったでしょうに」なんて言われていたのも思い出します。(事実ありましたしね)
小さな田舎街の小さな信用金庫、先の見えない建設業。
この条件下に“住民として根を下ろすための生業”として融資も難しいのはよくわかります。私だったら“やめときなさい”と言うでしょう。
しかしながらこれが日本の現状で、自国通貨建て国債に国民さえ居れば破綻のない政府と我々“限りがある日本人”の分かりやすい縮図と言えましょう。
我々は生きていくために殺し合わねばならないのですね。共に栄えることなど無いのですね。