こんばんは、大島です。


政治だけでなく、会社とそうですが、“兎辰の上がらない”ことに陥るのはなぜか。


それは、物事の判断を“好き嫌い”に依存しすぎている、と私は考えます。それによりワーキングメモリーを狭め、タスクを効率よくしているつもりが、偏るだけだと言うことです。


ここで言う“好き嫌い”は、好みでもありますが、こだわりでもあります。また、ワーキングメモリーは、仕事だけではなく、動作とお考えください。


例えば、“読書は、スマホに限る”とした場合、気になることにページを立ち返ることが容易ではなくなります。それにより、知識として読めても“モノにする”には及ばないと考えてます。


仕事も勉強も同じです。結果的に好みを優先しているだけで効率や生産性は度外視してしまいます。


安月給で何年も社長として居ながら、自らの遊びすら自粛できない社長もこれです。


もっともらしい相対理論を構築できても、会社としての本来の役割より、結果的にセルフィッシュになるのです。


現在の政治もそうですが、“親中”だとか“消費税を下げると社会保障が減る”だとか、全くお門違いな理論がまかり通っていますが、国民の暮らしや時間あっての政府が結果的に国民を苦しめています。


なんだか政治が、威張るしかない街の社長みたいです。


以前お話しいたしましたが、“言葉と思考”において、結果的に公益性をも失わせることになってしまうと私は考えてます。


あえて申しますが、現在は度が過ぎて、外国人さまに気を使うのですから、もはや論外です。