こんばんは、大島です。
今からお話いたしますのは、追ってお話いたしますメルトクラシー(能力主義)の悲しい現実に繋がります。
私がかつて、8年連続で小企業で一億円以上の売り上げを達成してきた、なんてお話をしたことがあります。が、令和元年には右腕屈曲障害、令和3年には弱視障害者と認定され、仕事もないメルトクラシーの落ちこぼれとなっております。
そんな私が最近、スーパーで500円以内で納めようとお買い物をしても、500を超えてしまう。更にはレジの担当者さんに言われた数秒前の額面を忘れてしまう、といったことが多々起きております。
かつては1円単位で原価を計算し、シュミレートも行い、さらに予定の粗利益を1円でも超えるよう努力し、なし得てきたはずなのですが、単純な計算ミスや記憶ができなくなっているのです。
知的能力が壊れている、と感じています。
弱視障害者は目が見えにくい。機器がないとA4サイズに散りばめられた求人情報も読めない。
単純に理解し、工夫と慣れで乗り越えられる、と信じておりました。
ですが、社会は障害者手帳を提示する私は“障害者”でしかないのです。
その壁を越えられない日々が続くと、とうとう他のこともできなくなってきているのです。
「能力主義社会で闊歩してきた私は、身体障害者となり、知的格差ですら下層の住人になっていた」これが現実なのです。
ただ、私には承認欲求が少なく、何とか抵抗したり、非難する先を見出すことはありません。
それだけは救いと感じています。そして、それこそが先に進む契機かなと考えています。