こんばんは、大島です。


昨夜のお話の続きになりますが、令和元年に私が交通事故で入院中の出来事を話します。


当時、建築内装業でも戸建住宅より規模の大きな工事の請負をしておりました。

事故の時は、丁度市庁舎の改修工事でした。


何とか図面から材料を割り出すなど段取りを付け、施工班に任せたものの、私が現場に出向けない分、改修工事ならではの現実と図面の整合性の乏しさなどに始まり、元請会社との折り合いも不穏になりました。


施工班の長、職長と言いますが、彼には辛い思いをさせたさせた、と詫びる気持ちもあります。


が、いかに辛いとはいえ、そもそもの建築職人としての最低限のことも放棄し、私は退院後直ぐに現場に赴いたものです。


①図面に従う

②既存現場と図面が違う時は現場管理者との協議


この2つは当たり前のことです。が、勝手判断が入り、早く終わらせたい一心になったようで、ミスも絡み、他の職人との揉め事にもなりました。


当然、私が元請会社に謝罪した上、対処も致しました。が、馴染みの付き合いから任せた私もバカだったと反省させられた上、大損害も被りました。


何よりも、出勤していない日まで出勤したと嘘をつかれて日当払ったときは、情けないものでした。


政治家、社長、どんな職にも“ひとの上には立ってはならないもの”、それは、昨日お話した稚拙さでもありますが、“つまりは正義がない”ことだ、とこの出来事を挙げておきます。


彼もまた正義がなかった、または失ったのです。

かつて一緒に給料を上げようと取り組み、せめて職人の手当だけでもと成し遂げた経緯と、私と彼の関係性があろうと投げ出したのです。


新たな職人や若い職人のため丁寧に対処し治めることより、自分の懐大事です。


純真さもピュアさも失い、正義をも踏みにじるその姿は、彼だけではありません。


むしろ、それが世の中、と諦める周りや風潮こそが邪悪と私は思います。


政治なんぞ疲弊した国民を踏みにじり、正義を失うどころか、どこの国の政治家なのか怒りをあらわにせざるを得ませんね。