みなさまお変わりなくお過ごしでしょうか?
私はおかげさまで空元気ですが、元気です。
標記のことについて、聖書から福音メッセージをさせて頂きたいと思います。
イエスは涙を流された。(新約聖書ヨハネの福音書第11章35節)
これは、おそらく聖書の中でも一番短い節で、原語でたった2語です。しかし、強く私たちの心の琴線を打つことばです。
これほど端的に強烈に、イエス・キリストが神でありながら、完全な人間となられた事実を表していることばは、ないでしょう。
今から約2千年前、全知全能、全権をもってすべてを支配し、所有される全宇宙の創造主なる神が、身をかがめ、人間となって世にくだられた。
時を完全に支配される神にとって、昔も今も関係ありません。
それゆえに、主イエスは罪のない唯一の御方として、私たち罪人の、過去現在未来、すべての罪の身代わりを、その十字架の上で成し遂げ、私たちを完全に救い得るのです。(新約聖書ヘブル人への手紙第9章12節)
救いを信じている私たちに、死んでも生きる、永遠のいのちを、御自身のみことばを通し、神が人類に与えたもうた聖書を通し、お約束された本当の神様に感謝します。十字架の上での死後、3日目によみがえりたもうた復活の主の御栄光を、心から誉め称え感謝します。
では、なぜイエスは涙を流されたのか。
①やはり、イエスは、涙を流さずにおられないほど、ラザロを個人的に愛された。同じ主は、私たちをも個人的に愛される。感謝。
②イエスが、十字架の上の死を前にして、ゲッセマネで祈られたとき、血の涙を流されました。
私たち人類を愛して、その救いを願い、涙を流してとりなしてくださったのです。聖書は、その祈りが聞かれて、救いの道が開けたと書いてあります。(新約聖書ヘブル人への手紙第5章7節)
あなたもどうか、主イエス・キリストの十字架の救いの福音を信じ受け入れ、死後永遠を、地獄ではなく(地獄の苦しみの場所)、約束の場所天国に行ける者となってください。心からおすすめ致します。
偉大なる本当の神様、あなた様のすばらしい恵みと愛からひとりも、もれることがないことを感謝します。
どうか、今日も日本で、世界中で、小さないのちが守られますように!
今日も一人として、一匹として、苦しい思いをすることが、ありませんように!
最後まで、ご覧いただき、誠にありがとうございました!